42.裁きの場へ
オルドン公爵とセリスは遠回りの行程でイセルナーレの王都に来ていた。
東方向からの道のり、たっぷり数日をかけての到着である。
ふたりは今、市街地からイセルナーレの宮殿へ向かっていた。
空には分厚い雲が浮かび、雨が降りそうではある。
7月には珍しい天気であった。
スレイプニルの馬車の中でオルドン公爵は上機嫌に言い放つ。
「どうだ、セリス? こんなに各地を回りながらの歓待など、中々ないぞ?」
「そ、そうですね……」
向かい合うのではなく、オルドン公爵はセリスの隣に座っていた。
セリスは馬車の壁際まで逃げていたが、逃げ切れない。
(……この馬車から飛び降りたら)
懐かしいはずのイセルナーレの光景も頭に入らない。
この数日、セリスの精神状態は悪化の一途を迎えていた。
ふっと意識が遠ざかり現実逃避をしてしまう。
(本当に私はこの人と婚約して、結婚するの……?)
そんなことを考えながら、セリスはひとつの疑問を抱えていた。
イセルナーレ各地の歓迎は確かにあった。
でも行程が妙に思える時がある――。
近くにもっと大きな観光地があるのに、寄らない。
鉄道の乗り換えも時間がかかるようにしている……。
1年間、イセルナーレへ留学したセリスだからこそ気がつく違和感。
今のところオルドン公爵とその同行者は誰も気にしていない。
(……大したことじゃないか)
そんな、行程なんて。
今、セリスの置かれている状況に比べればどうでもいいことであった。
ふたりの乗った馬車は宮殿の奥まった停留所へと導かれる。
この停留所はめったなことでは使われない。
宮殿を訪れる他の人の目に触れないよう、隔離された場所にあるからだ。
馬車を降りたオルドン公爵とセリスを出迎えるのはシャレス外務大臣である。
にこやかな雰囲気を醸し出しながら、シャレスの目は笑っていない。
だが、オルドン公爵はまったく気にしなかった。
「ようこそ、おふたりとも。遠路よりご苦労様でした」
「シャレス殿! 久し振りだな!」
「はい、お久し振りでございます。お変わりなさそうで」
「うむ……貴国のおかげで日々、枕を高くして眠れている」
オルドン公爵がセリスの腰に手をやり、シャレスへと紹介する。
「彼女がセリス・デレンバーグ。今度、俺の妻になる。お見知りおきを」
「よ、よろしくお願いいたします……」
「こちらこそ。では、宴の間へ」
シャレスに促され、ふたりはイセルナーレの宮殿へと入っていく。
絢爛豪華な廊下の内装は特別に用意されたものだ。
宮殿に入ってから、さすがにオルドン公爵も少し緊張していたが……シャレスの顔と輝かしい廊下に心が落ち着いてくる。
イセルナーレがオルドン公爵とセリスを迎え入れている雰囲気だからだ。
そのまま一行は廊下を歩き、大広間へと到着する。
太陽のように輝きを発するシャンデリア。
金と銀の模様を入れたグラス。
だが、用意されていたのはそこまでだった。
オルドン公爵が眉を寄せる。
「ん……?」
立食形式なのだが料理はなく、人も非常に少ない。
会場にいるのは衛兵と数人の官僚――ロダンと首脳会議に出ていた人間だけだ。
ここに来て、オルドン公爵は初めて違和感を覚えた。
「シャレス殿、他の方々はこれから来られるのですかな?」
「ええ、とっておきのゲストが」
オルドン公爵とセリスの後ろで、来た道の扉が閉まる。
そして反対側の大扉が開いた。
「オルドン公爵、早速ですが本日のゲストに登場頂こうかと思います――」
「あ、ああ……」
シャレスの言葉とともに、ゆっくりと闇の奥からエミリアが現れる。
エミリアの心は荒れていたが、精神力で抑えていた。
(……ついに)
ウォリスの時に比べると遥かに血色良く、足取りは自信に満ちている。
エミリアの顔を認識したオルドン公爵が叫んだ。
「なっ……!? な、なぜおまえが!」
想像もしなかった人物にオルドン公爵は腰を抜かしそうになる。
なぜ、エミリアが……こんなところに。まったく訳がわからない。
(ついに、対面できたわね)
元夫の叫びを聞きながら、エミリアがオルドン公爵を睨みつけた。
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