38.首脳会議
法務省の事務方が会議室を回り、書類を配る。
金の修飾入りの公的文書だ。
内容は今回の件の要約だった。
(……うっ)
エミリアとオルドン公爵の婚約から離婚を切り出されるまで。
『1-1 セリド公爵家とオルドン公爵の婚約』などなど……。
何年の何月に何が起こったか、すべてが列挙されている。
報われない結婚を突きつけられている気分だ。
(でも、我慢しなくちゃ……!)
書類が配られたのを確認したシャレスが口元に手を当てる。
「エミリア殿の心労を考慮し、各項目の読み上げは省略する。項目番号ごとに相違がないか、申し訳ないが確認して頂きたい」
「は、はい……!」
「では、1-1から。この項目に相違はないですかな」
エミリアはほっとする。
このやり方なら、精神の消耗はずっと少ない。
それにエミリアの隣にはロダンがいた。
エミリアは座って彼は立っている。だが、そばにいてくれていた。
項目の確認は機械的に進む――否、そうなるようにしてくれたのだ。
その功労者はロダンだとエミリアは理解していた。
エミリアの能力ではイセルナーレに通用するような公文書は作れない。
彼なしではここまで来ることさえなかっただろう。
特に付け足すこともないまま、確認は終盤まで来る。
本当に早い……。
「……では、ここまでで相違はありますかな」
「いいえ、相違ありません」
最後に離婚を切り出され、イセルナーレまで来た日のことを確認する。
(精霊ペンギンとロダンと出逢った日か……。なんだか遠い日に感じるわね)
まだ、あれから1か月も経っていない。
それなのにずいぶんと自分の環境と心情は変わっていた。
とんとん拍子に確認が終わる。
少し拍子抜けするほどあっけない。
ブルースが書類を整え、エミリアを見つめた。
「さて、確認は終わりだ。すまなかったね」
「とんでもございません」
「……ここまでは意識のすり合わせだが、新しい議題もある。シャレス、報告を」
ブルースとシャレス。
ふたりの視線に晒されたエミリアが背筋を伸ばす。
「……デレンバーグ大公家はご存じかね?」
シャレスに問われ、エミリアは意図が読めずに頷く。
ウォリス三大公家の一角、王家にも近い最上位の貴族だ。
「オルドン公爵の再婚について、ロダンから聞いていたと思うが――デレンバーグ大公のご息女、セリス殿が再婚相手となったらしい」
「……彼女はずいぶんと若いのでは」
「16歳と7か月だ」
セリスについて、エミリアはほとんど知らない。
ただ、同じ国の貴族として少し顔を合わせた程度。
確か、最後にあったのは結婚前だ。
セリスは赤毛で魅力的な少女だったと思う。
快活というよりは可憐、静かめの令嬢だった。
大公家の女性なら結婚相手を選ぶことはできない。
だとしても若い、若すぎる……。
しかも相手が元夫なのを考えれば、ひどく気の毒だった。
「イセルナーレ出立の直前に向こうから通達があったため、把握が遅れてしまった。エミリア殿は、セリス殿をどの程度知っておられる?」
「社交の場で数回、顔を合わせた程度です。それも結婚前のことになります」
「ふむ、そうか……」
エミリアの実家であるセリド公爵家は精霊の祭司を発端とする。
そのため魔術師や学者が多い家系だ。
対してデレンバーグ大公家は野心的な、上昇志向が強い武勇で鳴らした貴族。
ここ数百年でセリド公爵家とデレンバーグ大公家で婚姻関係もない。
(にしても、デレンバーグ大公家から婚約者を迎え入れるなんて……。てっきり再婚相手は愛人の誰かだと思っていたけれど)
オルドン公爵は初婚でもないのに、デレンバーグ大公家がよく認めたものだ。
……だからか。
だから、エミリアとフォードを消し去りたかったわけだ。
重なる思考に怒りが募るが、集中しないといけない。
今、エミリアに必要なのは理性だ。
シャレスが再び、口を開く。
「議題とはデレンバーグ大公家のセリス殿のことだ。計画の工程上、彼女の人生にも多大な影響が出る」
「……かと思います」
「エミリア殿、君の考えはいかに?」
16歳のセリス・デレンバーグ……。
彼女がどんな人間なのか、エミリアにはわからない。
オルドン公爵との結婚を歓迎しているのか、どうかさえ。
彼女のことを想えば、手心を進言すべきなのだろう。
オルドン公爵への制裁を和らげ、セリスの面子も潰さない――それを決めることができる、最後の場が今なのだ。
(……でも、ごめんなさい)
エミリアは心中でセリスに謝った。
結論はとうの昔に出ている。
(私はもう、イセルナーレで生きるから)
ウォリスの論理や事情には忖度しない。
エミリアはエミリアの考えで生きていく。
「……歪みは正すべきだ。君は正しい」
ロダンがささやく。
エミリアにだけ、聞こえる声で。
「ご用意されている計画に、変更の必要はないかと思います」
「それでよいのだな?」
「はい――でも、ひとつだけ」
エミリアは思考を巡らせる。
楽なことではない。正しいかもわからない。
でも、もしも……セリスがそれを望むなら。
エミリアに責任はないとしても、できることはある。
エミリアがしたように、選び取ることは可能だ。
「もし結果としてセリス嬢がウォリスから逃亡したいと願うなら、その手伝いを私がすることは構いませんでしょうか」
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