33.運び出し
フォードが精霊ペンギンを撫でたまま、エミリアに聞く。
「そういえば、この子……何を食べるの?」
「うーん……」
精霊が何を食べるのか。それは深くて答えのない質問だ。
ウォリスの学会でさえ見解が割れている。
(精霊が生きているのかというのも諸説あるのよね……。スタンダードな学説だと精霊は神の無意識なる使い、ということになるけれど)
「きゅい?」
精霊の身体は純粋な魔力の結晶だ。
生き物のように感じられ、その行動は元になった動物に制約される。
鳥の精霊は空を飛べ、魚の精霊は水を泳ぐ。
しかし本当の意味で生物ではない。
寿命と繁殖――生命にとって欠くべからざる要素を持ちえないからだ。
だが、精霊は元になった動物を模倣する。
食べ物も必要かどうかはわからないが、元の動物と同じものを食べるはずだ。
「多分、魚とかかな?」
安易な発想を持ち出すエミリア。
ペンギンだから……以外の理由はない。
自分で言って、ちょっと不安になってきた。
あとできちんと本を読んで調べよう。
「おさかなー、君もおさかな好きなんだね」
「きゅい!」
精霊ペンギンが力強く頷く。
……そうなのかな?
ちゃんと調べるけれど。
この家には何もないので、とりあえずホテルに戻ることにする。
いや、その前にこの精霊ペンギンを運ぶ手を考えなければ。
アパートからホテルまでは徒歩10分ほど。
魔力の濃いギルド地区をかすめているため、精霊の気配はとてもわかりづらい。
(……大きなバッグに入れて、フォードに運んでもらえばいいかな?)
静かにしてくれれば、ぱっと見はぬいぐるみだろう。
下手な工作をするより効果的に思える。
「この子を運ぶバッグを急いで買ってくるから、ちょっとだけお留守番しててくれる?」
「うん! いってらっしゃい!」
部屋に施錠し、在住する警備員に挨拶してエミリアは飛び出していく。
(これ! このバッグならちょうどいいかな……!?)
不審に思われない上限速度の小走りでバッグを買い、急いで戻る。
その間、わずか10分。トイレに行って戻る程度の時間でエミリアは帰ってきた。
「はぁはぁ、ただいま……!」
「おかえりなさい! 早かったね!」
フォードは精霊ペンギンの真正面に座り、両手で精霊ペンギンの顔をもみもみしていた。
精霊ペンギンは気持ち良さそうに目を細めている。
「きゅーいー」
「ルルもおかえりなさい、だって」
「……その子の名前?」
エミリアがふたりのそばに座り、そっとバッグを精霊ペンギンの横に並べる。
買ってきたのは飾り気のない茶色で布製の買い物バッグだ。
ズッキーニを入れるのにもちょうど良い。
並べてみるとちょうど精霊ペンギンの目と鼻が外に出るほど。
完璧な目測だった。
エミリアの疑問にフォードが撫でるのを止めずに答える。
「そうだよ。お名前を聞いたら、教えてくれたんだ」
「きゅー」
本当にその名前なのか、確かめる術はない。
なぜならルルは「きゅい」としか言ってくれないからだ。
(まぁ、でもフォードとこの子が納得しているなら……いいってことにしよう)
つぶらな瞳のルルは満足しているようだし。
ということでエミリアはルルを抱え、バッグにすすっと収納する。
(ううん、ふわふわ……)
ルルは一連の工程をおとなしく受け入れ、バッグに入っていった。
「わっ、ぴったり!」
「きゅい……!」
ルルが決意を秘めた目で頷く。
どうやらこれから運ばれるということを理解しているらしい。
では、いざホテルへ――そこでフォードが勢いよく手を上げる。
「ルルは僕が運ぶよ!」
「……大丈夫?」
「うん、しっかり抱えていくから!」
ルルの重さはさほどではない。
なぜなら20センチほど、重さは2キロもない。
4歳でも抱えるなら充分に運べる重さだった。
(フォードが運ぶほうが目立たないかな?)
ぬいぐるみっぽいルルなら、フォードのほうがいいかも。
エミリアが運ぶと人目を引きそうなのは確かだ。
(……にしても、ルルのことだと積極的ね)
オルドン公爵家では動物などとの触れ合いはなかった。
敷地やその近くには牛や鶏、馬もいたというのに……。
エミリアも乗馬の申し子である。
やはり動物と接することで学ぶことは少なくない。
ここはフォードが発揮したやる気に乗っかろう。
「じゃあ、お願いね。疲れたら代わるわ」
「わかった、うんっ!」
フォードがルル入りバッグを身体の前に抱える。
どこからどう見ても、ペンギンのぬいぐるみを運ぶ子どもだった。
「……きゅ」
「んふふー、ちょっとだけ我慢してね?」
「きゅいっ」
すでにルルとフォードの関係はいい効果が出ているのかも。
これだけでもエミリアは嬉しかった。
何事にも過剰に控えめなフォード。
彼はもう少し、やはり子どもらしく主張するべきだとエミリアは思う。
でもそれが難しいこともわかっていた。
フォードの眠らざるを得なかった側面を、ルルは呼び起こしてくれるのだから。
きゅきゅーい (・Θ・ っ )つ三
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