306.たてがみと共に
「お前は――」
「ぶるるっ……」
スレイプニルが小さくオーマに頷く。
オーマとスレイプニルの絆はきっと深いはずだ。
でも様々なことで感情的なしこりが出てしまっている。
「代わりますよね?」
「……ああ」
覚悟を決めたオーマの答えに、エミリアはささっとスレイプニルから降りる。
ひづめを何度か鳴らすスレイプニル。
学生たちは固唾を飲んで見守っていた。
「本当に乗るのか……?」
「危なくない? 引きずられたんじゃないの?」
「俺なら絶対に乗らねぇ」
不安がる学生をよそに、オーマがスレイプニルの隣に立って手綱を取る。
「わっふ……」
「にゃうん……」
犬ちゃんと猫ちゃんもオーマとスレイプニルを不安そうに見つめる。
「よっ!」
オーマがぐっと鞍に上がり、スレイプニルにまたがる。
勢いがあって、体幹もしっかりしている。
(やっぱり相当乗り慣れているわね)
スレイプニルが少し身体を揺らすが、オーマは見事にバランスを取って乗っていた。
「ようし、いい子だ」
オーマが乗ったままスレイプニルの首を撫で、歩かせ始めた。
ゆっくりとスレイプニルが歩き出して、徐々に速度を上げる。
「乗ってる!」
「てか、はやっ!」
立派にスレイプニルへ騎乗するオーマに、学生たちが驚いていた。
やっぱりこのような姿は見せていなかったらしい。
「ぶるっ!」
「いいぞ、もっとだ……!」
スレイプニルが走っていると言えるほどの速度を出して、会場の周りを回る。
「きゅっ、きゅー!」
ルルが羽をパタパタさせているそばで、犬ちゃんと猫ちゃんは顔を向き合わせていた。
「わう?」
「にゃ、にゃう……」
あの子にちゃんと乗れたの?
まさか、そうみたい……。
この子たちにも学生にも意外だったようだ。
エミリアは心の中で腕を組んでいた。
(なかなかの走りっぷり。私も、もうちょっと速度を出せば良かったかしら?)
スレイプニルともっと心を通わせていれば、学内でも爆走させたのだが。
さすがにそれは自重として……。
スレイプニルに乗ったオーマは少年のように顔を輝かせ、鬱屈を吹き飛ばしていた。
「はっ、ほっ……!」
スレイプニルも大学内だというのを忘れさせる走りっぷりだ。
まぁ、まだこの辺りには人はそれほどいないからなのだが。
日中、学内でこの速度を出せる場所は制限されているだろう。
「す、すげぇー……」
「立派だな……」
騎乗には夢がある。
世界を隔てても、馬に乗ることは名誉と勇気の象徴に他ならない。
学生たちがオーマを見る目もはっきりと変わっている。
自分にできないこと、堂々と騎乗して駆け回る姿を見ればそうもなろう。
「きゅい」
「えっ? なに?」
「きゅーっ!」
ルルがふにっとエミリアの隣を羽で指していた。
「……何をしているかと思いきや」
「うえっ!? トリスターノさん……!」
片眼鏡の学部長、トリスターノがエミリアの隣に立っている。
乗馬のふたりに夢中だったので、トリスターノの接近にまったく気づかなかった。
なんという不覚……!
が、エミリアは顔を瞬時に取り繕う。
「こほん、これには深い訳がございまして……」
「あなたが馬に乗ったことに、そう深い理由があるとは思えませんでしたが……」
「…………はい」
全部見られていた。
エミリアがスレイプニルに乗ったところから。
これは……もしかして規則違反?
エミリアの背筋に冷や汗が流れる。
そこでトリスターノが少し口角を上げた。
何か面白がっている感じだ。
どういう方向なのかはまでは読み取れないが……。
待っていると、トリスターノが首を少し上に向けて話し始める。
「ふっ……イセルナーレ魔術大学に乗馬を禁ずるという規則はありません。ただ、乗馬をした場合は学内資産の使用届けが必要です。帰宅前に記入して、届け出をするように」
「で、では……っ!」
「届け出を提出せずに帰宅したら、規則違反です。逆に言えば、現状は何も違反しておりませんよ」
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