300.試験会場へ
「ガンツ教授、申し訳ありません。スレイプニルが暴れたとのことで……」
トリスターノは息を切らせてはなかったが、慌てていた。
「わしは何もしとらんちゅうに」
「えっ?」
「スレイプニルを止めたのは、セリド講師のほうじゃ」
ガンツにほれと言われ、エミリアはおずおずと頷く。
「そ、そうだったのですか? 私はてっきり……」
「学内で暴れるスレイプニルを落ち着かせられるのは、わしだけじゃと? それはそれで困るんじゃがな〜」
ため息を漏らすガンツ。
トリスターノが私のほうを向き、裾を直した。
「……改めて。危険だったと思いますが、身を挺した献身に助かりました」
「いえいえ、そんな……」
興奮したスレイプニルは危ないが、興奮した精霊ほどには危なくない。
「あの子も悪くありませんので、どうか寛大に」
「それはもちろん……学内の空気に当てられてしまっただけでしょう」
今の学内は試験期間ということで殺気立っている。
スレイプニルは人の心をよく知る馬だ。
だからこそ影響されやすい面もある。そこが良馬なのだけれど。
トリスターノが片眼鏡の奥から目を細めた。
「ルーンの消去について並々ならぬ力量があるのは承知していたが、動物の扱いも上手いとは……」
「こちらとはカリキュラムが違うからの」
「そうですね……。ウォリスではまず動物との触れ合いを重視します。私も貴族学院の入学前、実家ではよく馬に乗っていたので」
ここはウォリスとイセルナーレの大きな違いだろう。
イセルナーレでは画一的で再現性のある教育制度を目指している。
その中で動物と触れ合う時間を確保するのは、人数的にも予算的にも制約が大きい。
なので後回しにされがちだ。
イセルナーレ魔術大学でも動物との触れ合いは極めて限定的。
ウォリスはそこを「貴族なら動物を飼っていて、入学前に素養があって当然」としている。
(まぁ、家任せというか……)
「なるほど、ウォリス流の教育ということですか」
「そういうことじゃ。さて、そろそろ試験の用意をしなくてはな。失礼するぞ」
エミリアとトリスターノはひょこひょこ歩くガンツを見送った。
私たちから離れると、教職員の何人かがガンツに近寄って話しかける。
それにガンツ教授は腕を振りながら、楽しげに応じる。
他の先生にも慕われているようだ。
「ふぅ……ガンツ教授にも何事なく良かった」
トリスターノが心底安心して息を吐いた。
「スレイプニルでケガをされるような御方ではないように思いますが」
「技術面ではそうでしょう。しかしガンツ教授は80歳近いのですよ」
「そ、そんな御歳でしたか」
思ったよりも老境ど真ん中だった。
それにしてはしっかりした言葉と足取りだ。
「本来はとうに隠居されているはずですが……本格的な精霊魔術を体系的に学び、実践できる優れた魔術師です。なので今もご足労頂いております」
まぁ、ご当人も嫌そうではないからいいのかな。
トリスターノが片眼鏡の位置を少し直した。
「学部内全体の監督があるので、私も失礼いたします。今回の件は申請頂ければ手当てを支給いたしますので」
「……! はい、それでは私も失礼いたしますね」
そうだった。魔術大学では色々なことに手当てが出る。
馬についても項目があったらしいのは棚ぼただった。
ということでるんるん気分のエミリアは材質学の試験会場に向かう。
そこは校舎ではあるが、広々とした工房であった。
綺麗ではあるが金属と焦げたような臭いが充満している。
(ギルドの工房みたいな雰囲気ね)
数十の長机には問題用紙と様々な金属の小さな棒が置かれている。
ふむふむ、ウォリスの貴族学院とそんなに違わない印象だ。会場自体の大きさは段違いにこちらが大きいけれど。
ここでエミリアは試験のお手伝いをするのだ。
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