299.ガンツ・ペラーダ
落ち着きを取り戻したスレイプニルにガンツも手を伸ばす。
「お前さんにも悪かったのう。よしよし……落ち着いたかや?」
「ひひん……」
「なら良かったわい。まぁまぁ、住処で休んでおれ。数日したら静かになるでな」
スレイプニルは目を細めて頷いた。そのままスレイプニルは回れ右をして、厩舎へと引っ込んでいく。
ごく自然体でスレイプニルとやり取りし、今後のことを伝えていた。
かなりの手際だ。
引きずられていたふたりはガンツに頭を下げ、スレイプニルを厩舎へと戻していく。
それを見送るとガンツはふーっと息を吐いた。
「うむ、これで一件落着かの」
「かと思います。特にケガなどもなかったようで……」
周囲を取り囲んでいた人間も解散していく。
馬がちょっと飛び出してきたぐらいで終わって、良かった。
ガンツがヒゲを撫で、白い眉の奥からエミリアを見つめた。
「そりゃ、遠くから見ておったがあんたが前に出てくれたおかげじゃ。あの時、スレイプニルは相当興奮していた……」
ガンツがひょこひょこと歩き始めたので、エミリアも彼の隣についていく。
精霊魔術の試験は朝から、材質学の試験が行われる校舎のすぐ近くで行われる。
なので、エミリアも同じ道なのだった。
「おたくさんの名前は?」
「ご挨拶が遅れました。今年から臨時講師となりましたエミリア・セリドと申します」
「セリド……ああっ! おたくさんが、トリスターノの言っておった新任の講師か!」
ガンツは歩きながら納得したかのように何度も頷く。
どうやら学部長のトリスターノから聞いていてくれているらしい。
「事情はおおまかに聞いておる。あの公爵家なら、さもありなん」
「セリド家をご存知とは……」
セリド公爵家は小さな領地しか持たず、しかも政界の表舞台からは無縁だ。
セリド家も魔術にしか関心がなく、ウォリスの王家も魔術以外をセリド家には求めない。
そのような関係なのだから。
「そこそこは知っておるとも。昔の話じゃがな。ふむ……セリド家ならダイトの名は聞いたことがあるか? あやつはまだ生きておるかの?」
「ダイト……私の曽祖父でございますが、相当昔に亡くなっております」
ダイト・セリドは確かにエミリアの曽祖父だが、面識はない。
実家の肖像画で見たことがあるくらいだった。
彼の名前が出てくるとは、やはりガンツはかなり高齢のようだ。
「……そうか。やっぱり、そうか」
ガンツは落胆した声を出しながらも、納得しているようだった。
「曽祖父とは親しかったので?」
「一般的な尺度でお主の家を測るのは難しい。わかっておると思うが」
ガンツの指摘にエミリアがどきりとする。
それはその通りだった。
欠落した感性、魔術至上主義。
これらは恐らく意図され、そうなっている。
セリド家は振り返ると、おおよそ普通の貴族ではない。
エミリアは前世の記憶を取り戻したので、そのように認識できるだけなのだ。
「わしは世話になったがの。精霊魔術や動物への付き合い方で、ダイトから学んだことは多かった」
「なるほど……。それでイセルナーレで精霊魔術の教授と」
エミリアの頭の中には教職員の経歴が一通り入っている。
もちろんイセルナーレ生まれのガンツのことも。動物学にも造詣が深く、若い時は騎士としても従軍したとか。
肌に感じるガンツの魔力と練度を考えると、イセルナーレ人として、精霊魔術は驚異的なレベルのように思われた。
杖をつきながらガンツが笑う。
「かっかか。わしはイセルナーレ生まれじゃあない。ウォリス生まれよ」
「ええっ!? それは――初めてお聞きいたしました。経歴書だと、そのようになっていないかと」
「よう目を通しておるの。左様、書類上はわしはイセルナーレ人じゃ。書類上はな」
驚きながら、エミリアには納得するところもあった。
というのも精霊魔術はウォリスが強固に秘匿している。
にも関わらず、目の前のガンツ教授は精霊魔術の強い素養――動物と心を通わし、常に平常心を保つという技能が根付いてるようだった。
が、それはそれとして。
「……私が知って良かったのでしょうか」
「構わん。皆、知っとる。トリスターノも陛下もな」
「は、ははぁ……」
それは自分が知って良い理由なのか?
わからぬ。本当によくわからぬ。
ガンツは軽く答え、杖を少し持ち上げる。
そろそろガンツの目的の校舎が近付いてきていた。
「まぁ……色々な流れでそうなったがな。セリド家の魔術師か。技は繋いでいるようじゃ。懐かしくなったわい。よう彼に似とる」
「やはり曽祖父と似ているのでしょうか?」
「うむ、あやつも動物を落ち着かせるのが非常に上手かった。しかしそのせいか、馬の乗り方は荒っぽい。おとなしい顔をしておる癖にな……」
後半部分はまぁまぁ……。
遠く、懐かしむ声がしてガンツが足を止める。
ちょうどガンツの試験の校舎の前だ。ここでお別れかとエミリアは思ったのだが……。
ガンツが振り返り、エミリアもそれにならう。
「苦労性が来おった」
後ろから小走りでトリスターノがやってきていた。
どうやらふたりに用があるらしい。
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