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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
4-2 ふたつの因縁

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299.ガンツ・ペラーダ

 落ち着きを取り戻したスレイプニルにガンツも手を伸ばす。


「お前さんにも悪かったのう。よしよし……落ち着いたかや?」

「ひひん……」

「なら良かったわい。まぁまぁ、住処で休んでおれ。数日したら静かになるでな」


 スレイプニルは目を細めて頷いた。そのままスレイプニルは回れ右をして、厩舎へと引っ込んでいく。


 ごく自然体でスレイプニルとやり取りし、今後のことを伝えていた。

 かなりの手際だ。


 引きずられていたふたりはガンツに頭を下げ、スレイプニルを厩舎へと戻していく。


 それを見送るとガンツはふーっと息を吐いた。


「うむ、これで一件落着かの」

「かと思います。特にケガなどもなかったようで……」


 周囲を取り囲んでいた人間も解散していく。

 馬がちょっと飛び出してきたぐらいで終わって、良かった。


 ガンツがヒゲを撫で、白い眉の奥からエミリアを見つめた。


「そりゃ、遠くから見ておったがあんたが前に出てくれたおかげじゃ。あの時、スレイプニルは相当興奮していた……」


 ガンツがひょこひょこと歩き始めたので、エミリアも彼の隣についていく。


 精霊魔術の試験は朝から、材質学の試験が行われる校舎のすぐ近くで行われる。


 なので、エミリアも同じ道なのだった。


「おたくさんの名前は?」

「ご挨拶が遅れました。今年から臨時講師となりましたエミリア・セリドと申します」

「セリド……ああっ! おたくさんが、トリスターノの言っておった新任の講師か!」


 ガンツは歩きながら納得したかのように何度も頷く。

 どうやら学部長のトリスターノから聞いていてくれているらしい。


「事情はおおまかに聞いておる。あの公爵家なら、さもありなん」

「セリド家をご存知とは……」


 セリド公爵家は小さな領地しか持たず、しかも政界の表舞台からは無縁だ。


 セリド家も魔術にしか関心がなく、ウォリスの王家も魔術以外をセリド家には求めない。

 そのような関係なのだから。


「そこそこは知っておるとも。昔の話じゃがな。ふむ……セリド家ならダイトの名は聞いたことがあるか? あやつはまだ生きておるかの?」

「ダイト……私の曽祖父でございますが、相当昔に亡くなっております」


 ダイト・セリドは確かにエミリアの曽祖父だが、面識はない。

 実家の肖像画で見たことがあるくらいだった。


 彼の名前が出てくるとは、やはりガンツはかなり高齢のようだ。


「……そうか。やっぱり、そうか」


 ガンツは落胆した声を出しながらも、納得しているようだった。


「曽祖父とは親しかったので?」

「一般的な尺度でお主の家を測るのは難しい。わかっておると思うが」


 ガンツの指摘にエミリアがどきりとする。


 それはその通りだった。


 欠落した感性、魔術至上主義。

 これらは恐らく意図され、そうなっている。


 セリド家は振り返ると、おおよそ普通の貴族ではない。


 エミリアは前世の記憶を取り戻したので、そのように認識できるだけなのだ。


「わしは世話になったがの。精霊魔術や動物への付き合い方で、ダイトから学んだことは多かった」

「なるほど……。それでイセルナーレで精霊魔術の教授と」


 エミリアの頭の中には教職員の経歴が一通り入っている。


 もちろんイセルナーレ生まれのガンツのことも。動物学にも造詣が深く、若い時は騎士としても従軍したとか。


 肌に感じるガンツの魔力と練度を考えると、イセルナーレ人として、精霊魔術は驚異的なレベルのように思われた。


 杖をつきながらガンツが笑う。


「かっかか。わしはイセルナーレ生まれじゃあない。ウォリス生まれよ」

「ええっ!? それは――初めてお聞きいたしました。経歴書だと、そのようになっていないかと」

「よう目を通しておるの。左様、書類上はわしはイセルナーレ人じゃ。書類上はな」


 驚きながら、エミリアには納得するところもあった。


 というのも精霊魔術はウォリスが強固に秘匿している。


 にも関わらず、目の前のガンツ教授は精霊魔術の強い素養――動物と心を通わし、常に平常心を保つという技能が根付いてるようだった。


 が、それはそれとして。


「……私が知って良かったのでしょうか」

「構わん。皆、知っとる。トリスターノも陛下もな」

「は、ははぁ……」


 それは自分が知って良い理由なのか?

 わからぬ。本当によくわからぬ。


 ガンツは軽く答え、杖を少し持ち上げる。


 そろそろガンツの目的の校舎が近付いてきていた。


「まぁ……色々な流れでそうなったがな。セリド家の魔術師か。技は繋いでいるようじゃ。懐かしくなったわい。よう彼に似とる」

「やはり曽祖父と似ているのでしょうか?」

「うむ、あやつも動物を落ち着かせるのが非常に上手かった。しかしそのせいか、馬の乗り方は荒っぽい。おとなしい顔をしておる癖にな……」


 後半部分はまぁまぁ……。

 遠く、懐かしむ声がしてガンツが足を止める。


 ちょうどガンツの試験の校舎の前だ。ここでお別れかとエミリアは思ったのだが……。


 ガンツが振り返り、エミリアもそれにならう。


「苦労性が来おった」


 後ろから小走りでトリスターノがやってきていた。

 どうやらふたりに用があるらしい。

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