296.雨は粉雪になりて、やがて溶ける
夕焼けに雲がかかる。
思ったよりも空には雲があるようだった。
家から出た先の路地で、エミリアはロダンへ近付いて礼を言う。
「今日は本当にありがとう」
「こちらこそ、フォード君が喜んでくれて一安心した」
子ども用の万年筆はとても良い選択だとエミリアは思っていた。
フォードには教育を――というのが、エミリアの方針だからだ。
それに体験を与えたいとは思っていたが、高価な品に慣れてほしいとは思っていなかった。
その意味で万年筆はちょうどいい。
華美に過ぎず、今後も役に立つ。
「もう一年が終わるのね」
「なんだ、突然に」
「まさかこんな風になるなんて、思ってなかった」
路地の人は冬の風に吹かれ、家に戻り始めている。
空気もやや冷たい。
人影の少ないところだからこそ、エミリアは本音を言えた。
「……そうかもな。俺にとっても」
ロダンとの絆をエミリアは疑っていない。
これまでの全て、夜会の夜。
間違いなくロダンもエミリアを――愛している。
心の奥深くで彼の魂に触れている。
そして今はさらに物理的にも近付いている。
さっきも腕を取ったのだから。
ゆえに、わかる。
今のロダンの魂は……なぜだか揺れていた。
その揺れ方にエミリアは覚えがあった。
ロダンの母マルテの時に似ている――あの時も内面、ロダンの魔力は揺れ動いていた。
エミリアはロダンの腕を取り、聞いた。
「ねぇ、何かあったの?」
「……何もない」
そんなわけはなかった。
「私、わかるのよ。言って。何かあったんでしょ?」
エミリアの心もまた揺れ動いていた。
ロダンが何かを抱えているなら、エミリアも抱えたかった。
それがともに生きるということだと、エミリアは思っていた。
「…………」
氷の魔力が脈打つ。
ロダンは何を抱えているのだろう――。
「……あっ」
エミリアの額に小さな、爪の先よりこじんまりとした雨粒が落ちた。
曇りを通り越して、雨が降り出した。
ロダンが一瞬、瞳に空を映す。
銀と白の魔力が波のように広がり、雨粒を粉雪に変えた。
はらりと銀雪が舞う。
エミリアの肌に触れた雪の結晶は、体温で溶けて消えた。
ロダンが迷いながらも口を開いた。
「母と少し話をした」
「お母さま――コルドゥラ様と?」
エミリアの胸が脈打った。
ロダンとマルテを引き離したのがカーリック伯爵の正室であるコルドゥラ
である。
ロダンがコルドゥラのことを話すことは、非常に珍しい。
ふたりの間にはまだ距離がある。
それをエミリアも知っていた。
「彼女に呼ばれてな。君のことだった」
雨は小降りだが、やむ気配はない。
ただ、雨粒がロダンの魔力で小さな雪片になるだけだった。
「君とのことで反対はされなかった。最終的には、だが。しかし……予想外のことになった」
「予想外――?」
「母から聞いたのだが、俺の父エイドルは今……君の領地のそばにいるそうだ。思ってもみなかったが、父もモーガンの遺産を追っている」
「えっ……!?」
それは本当に予想外のことで。
何がなんだか、エミリアにはわからなかった。
「すまん。俺も話せることは多くない。まだ多くをしっかりと知らないんだ」
そこでロダンはゆっくりとエミリアを正面から抱きしめた。
冷たいはずなのに、彼の胸の中はとても温かった。
「……少し楽になった」
「うん……」
エイドルとモーガンの遺産。
とんでもないことだ。
でも今、焦ってできることはない……。
それになんとなくではあるが、ロダンの父がそうした動機もエミリアにはわかった。
さっさとロダンに家督を譲ったのも、遺産を追いかけるためだったのか……?
マルテの仇討ちで?
雨がやみ、雪も止まった。
愛しいロダンの温もりだけがエミリアの胸に残る。
「大丈夫」
そっとロダンの背に手を回し、エミリアは呟いた。
「私たちなら、きっと大丈夫よ」
「そうだな」
ロダンが言って、そっとエミリアの額に口づけた。
そこだけが燃えるように熱くなる。
「……っ!」
「今日はフォード君とルルの誕生日を一緒に祝えてよかった。おやすみ、エミリア」
「うん……っ! ありがとう、ロダン」
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