29.カニを食べる
エミリアとフォードの前に並べられていたのは、まずは茹でられたカニ。
大振りのタラバガニの脚が山盛りである。
これでもお値段的にはちょっとお高めのランチ程度で済んでしまう。
(ランチタイムでお得……素晴らしいっ!)
このレストランは甲殻料理専門店だ。
その名もクラブロブスター、真紅のハサミのロゴがこれでもかと主張していた。
エミリアは脚だけの盛り合わせを割り、中身をほじる。
目玉はテーブルに置かれているタレの豊富さだ。
桃色の岩塩、スパイス唐辛子、レモン果汁、にんにくクリームソース、特製酢。
「はぁ、おいしいね~」
フォードの目の前にはカニ味噌甲羅焼きが置かれている。
これは一匹なりではなく、甲羅を器に各種カニ味噌と少量のチーズをぶち込んだ料理だ。
エミリアもちょっと食べたが、旨味のパンチは図抜けていた。
しかもフォードは、茹でられたカニの身をこのカニ味噌につけて食べている。
4歳児にしてカニ通の風格があった。
「んふぅー、んっ、んっ」
フォードがカニの身を頬張り――すっと首を明後日の方角に向けた。
(んん……?)
カニの身を一生懸命ほじっているエミリアがそれに気づく。
何か気になるものを見つけたのだろうか。
「どうかした、フォード?」
「んぐっ、ロダンお兄ちゃん! こっちー!」
「……えっ!?」
フォードが手を振った方向をエミリアが見つめる。
数々の円形テーブルがあって混雑している店内、その先――。
見覚えのある黒の騎士服、輝く銀髪の美男子がいた。
(ああ、そうだったぁ……フォードは鷹の眼を持っているんだ……)
ロダンもフォードに気づいたのだろう、ゆっくりと歩いてくる。
(……あれ?)
普段よりもロダンから感じる魔力は弱めだ。
彼の足取りも比例して重く感じられる。
「奇遇だな」
「ロダンお兄ちゃんもカニ食べにきたの!?」
「ああ、そのつもりだが……」
エミリアとロダンが視線を交わす。
……今日のエミリアのお洒落は最低限であった。
服も化粧も。工房の仕事がある日なので当然だったが。
疲れた様子のロダンもきっとヘビーな仕事をこなしてきた後なのだろう。
まったく予期しない遭遇――仕事帰りにふらっと立ち寄った居酒屋でばったり会ったかのような……。
どうしようか。
挨拶だけにするか、同席するか。
そんな大人同士の気まずさをフォードの一言が吹き飛ばす。
「じゃあさ! 一緒に食べようよ! ほら、椅子もあるし」
「…………いや、俺は」
親子水入らずの食事に割って入るのはよくない。
断ろうとするロダン。
エミリアは迷っていた。
果たしてロダンを誘うべきか、どうか。
でも答えは考えればすぐに出た。
今も彼が疲れているのは――自分の件も絶対にある。
その分、ロダンの仕事は増えているはずだ。
その想像力が働かないエミリアではなかった。
(勇気を出さなくちゃ……恩を忘れるような大人になってはダメ!)
息をすっと吐いて、エミリアは呼吸を整える。
誘ってみて、断られたらその時だ。
「ロダン、フォードもこう言っているし……どうかしら?」
「だが……」
「カニの脚ならもうあるわよ。この席なら待たなくていいし」
店内の混雑ぶりは中々だ。
注文した品が届くまで時間がかかるかもなのは、本当だった。
エミリアも嫌がっていないと判断したロダンは、ふぅと息を吐く。
「ではお言葉に甘えよう。フォード君、隣をいいかな?」
「どうぞっ! ほら、この脚なんか大きいよ~!」
ロダンはフォードを挟んだ向かい側に座った。
ロダンの目の前の皿にフォードがカニの脚を置く。
「大きい脚だな……俺が食べていいのか?」
「うん! ロダンお兄ちゃん、お腹空いてるでしょ」
「ありがとう、じゃあ貰うよ」
「タレも! 僕はこっちで食べるから~」
フォードが卓上のタレ容器をすすっとロダンの前に持ってくる。
その様子にロダンが顔を綻ばせる。
「助かるよ。ふむ……」
ロダンが器用にカニの脚を割り、身を取り出す。
……その所作はカニの身を取り出すだけなのに、気品漂う。
汁も飛ばないし、無駄がない。
(ロダンに比べると私の食べ方は……)
一応、エミリアも公爵令嬢である。
見苦しい食べ方はもちろんしていない。
だがロダンの食べ方が高貴な馬が草を優雅に食むかのごとく。
対してエミリアの食べ方はハムスターがセロリをかじるようだ。
(そこまでは言い過ぎかもだけど)
カニを美しく食べる才能が欲しい……。
そう思いながら、身を口に入れるエミリアであったが――。
「……エミリア、そんなに気を遣うな」
「へっ……?」
「君のテーブルマナーが完璧なのは知っている。ウォリス人がカニに不慣れなのは当然だ。これから慣れていけばいい」
「ロダン……」
またロダンに気を遣わせてしまった。
いや、彼はエミリアをいつも見てくれているのだ。
目線を交わし、ふっとロダンが笑みを浮かべる。
エミリアの内心の感謝にもきっと気づいているのだろう。
「……フォード君、この食べ方は知っているか?」
「んんー? どんな食べ方?」
ロダンが卓上のスパイス唐辛子とにんにくクリームソースを取る。
ま、まさか……。
クリームソースを取り皿に出すと、ロダンは一切の躊躇なくスパイス唐辛子を少量ふりかけた。
「……!!」
「ここだけの話だが、俺はこれが好きだ」
「食べてみてもいい!?」
「いいとも。味が足りなかったら、唐辛子を増やしてもいい」
「うんっ!」
タレを混ぜるなんて、ロダンらしからぬ行動だった。
学院時代でそんなことをしたのを見たことがない。
でもきっと、これも彼の一面なのだ。
あるいはフォードを楽しませようとしてくれたのかも。
ブレンドしたタレにカニの身をつけ、フォードが頬張る。
瞬間、フォードがぱっと目を輝かせた。
「おいしいーっ!」
「だろう?」
「よかったわね……!」
「うん、もっとこういうの教えてよ!」
こうして楽しい食事の時間は過ぎていく。
予期せぬ遭遇から、思った以上に笑いあうランチへ。
エミリアの出勤初日は、大成功であった。
(V) (O ww O) (V)
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