288.精算とよもやま話
(さて、と……)
エミリアが首をこきりと鳴らす。
彼女の前には豪勢な箱が3つと、そこに入れられたフォークの数々。
これらのフォーク全てから魔力を取り除き終わったのだ。
途中の額縁ボードを除いても、2時間近くはかかった。とはいえ、問題はないはず……。
エミリアが工房を見渡す。
エミリアのほうは作業が終わっても、工房のバタバタ加減はあんまり変わらなかった。
「グロッサムさん、よろしいでしょうか? 作業が終わりました」
「んお……早いな。もうか」
エミリアが箱をグロッサムの前に運ぶ。魔力を消し終えたフォークをグロッサムに検品してもらうのだ。
グロッサムが目を細めながら、フォークをひとつひとつ目の前に持って、確かめる。
「うむ、むっ……大丈夫だ」
「ありがとうございます」
「相変わらず、仕事が丁寧だ。よし……」
グロッサムがさらさらと書類にサインする。これで作業は終わり。
あとはこの書類をフローラの部署に持っていけば、お金がもらえる。
「年内の作業はこれが最後か?」
「そうかもしれません。講師業のほうがあるので……」
先月は工房の仕事もそこそこやったのだが、今月は控えめだった。
グロッサムがヒゲを撫でつける。
「ああ、そうか。期末の試験か」
「そうです。初めてなので、ちょっと時間を取ってやらないと不安に思いまして」
「あんたなら心配ないと思うが……。甘ったれの学生が泣くような試験を作ってやんな」
どこまで本気かわからないことを言って、グロッサムがにかっと笑う。
イセルナーレ魔術大学の学生が目指すのが、この魔術ギルドだ。
この工房の職人はどんな新米でも、イセルナーレの各大学の首席レベルではある。
「良い年越しをな」
「はい……! 皆さんこそ、良い年越しを!」
ということでエミリアは工房を後にして、今度は魔術ギルドの事務所に向かった。
荘厳なホテルのような受付……厳粛で、忙しそうな雰囲気はない。
だが、それは来客が訪れ、見えるところまでだった。
中の事務部門は――お祭り状態だ。
文字通り、書類を束にして小走りする職員。算術盤をぱちぱちと弾く音、あふれるばかりの紙の擦れる音とペンが走る音……。
「こ、こんなに忙しかった……?」
「年末はこんなものです」
書類の山の向こうから、フローラが
ひょっこりと顔を出す。
顔には長時間労働の疲れがにじんでいた。
「精算かしら?」
「はい、お願いします。すみません、忙しいさなかに……」
「あら、全然いいのよ。エミリアさんは書類を溜め込んだりしないから……むしろ職人の模範だもの」
フローラの後ろで複数の職員が頷くのが見えた。
なるほど、年末やら決算やらに書類をまとめて出す不届き者は――この世界にもいるらしい。
「どこも変わらないんですね」
「ウォリスでも? まぁ、そうよねぇ……」
ウォリスではなく、この世界でもないのだけれど。
(セリド公爵領は王国政府の役人がやってたから、あんまり面倒もなかったような……)
それはそれでいいのか、だが。
提出した精算書類をフローラが確認する。
「ええ、大丈夫よ。翌営業日に振り込みするわね」
「ありがとうございます……!」
これでだいたい、10万円くらいだ。時給5万円である。
しかも翌日振り込み、というのが嬉しい……フォードとルルのプレゼントにも使えるわけだ。
「エミリアさんはイセルナーレで初めての年末だけど、大丈夫かしら? 何かあったら遠慮なく言ってね」
「あっ、それなら……」
フローラからの厚意なので、彼女にも聞いてみよう。
「フォードの誕生日が近くて。グロッサムさんからは、フォークがいいんじゃないかと聞いたんですが……」
「そうね、フォークが一番ポピュラーかしら?」
そこでフローラがうーんと唸った。
「……あとは……」
「あとは?」
「イセルナーレを象徴する、鳥とか。子ども用の鳥のぬいぐるみがそろそろ売りに出されると思うわ」
「…………」
それを聞いてエミリアは押し黙り、口を開く。フローラもエミリアの答えを予期しているようだった。
「鳥はもう、いますので……」
「そうよねー」
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