286.スケジュール管理
まずそのまま手に持ったフォークに集中する。
モノが小さいので、ルーンの魔力が内部まで浸透しており少し危険だ。
うっかりやり過ぎるとフォークそのものにヒビが入るかもしれない。
「ふぅー……」
エミリアは首をこきりと鳴らしてから、フォークを顔の真ん前に持ってくる。
それから目を閉じて――集中する。
銀合金のフォークの装飾に指を這わせながら、慎重に魔力を散らす。
跳ねる魚や浜辺の彫刻はまさに職人芸だ。このフォークを作る側も心血を注いだのが見て取れる。
しかし、贈られて使うのは子ども。
だから保護のルーンで守ったわけだ……その子どものさらに子どもの時になってもフォークが受け継がれるように。
じわりじわりとルーンの魔力を消す。
年末、慌ただしい工房の音を意識から遠ざけながら……。
フォークの魔力が完全になくなったのを確認して、エミリアは目を開ける。
「うん、大丈夫」
息を吐いてフォークをテーブルの上に置く。
グロッサムはまだ書類にかかりきりになっていた。
「その書類はどのような……?」
「んあ? 年末から新年のスケジュールを詰めてるんだ。資材が遅れたり、早まったり……年末の恒例だがウチの連中を遊ばせておくわけにはいかん。予定を常に確認して、調整しなくちゃあな」
グロッサムがペンを置いて、伸びをする。
「昔はばーっとできたんだがなぁ。最近、文字が小さい」
「ほうほう……」
2本目のフォークのルーンに集中しながら、片目を開けた。
最初の1本目がちゃんとできて感覚が掴めれば速くなる。
1本目の半分ほどの時間で2本目のフォークのルーンも消し終えることができた。
「グロッサムさん、どのようにスケジュールを……?」
「んう? 見るか?」
グロッサムが紙をすすーっとエミリアのほうへ押す。
中身は縦の表に色々とリードタイムを記述した書類だった。
「例えば紙を小さく切って、ボードにピン留めするみたいな……」
「ん……?」
エミリアが空いている壁の一角を指差す。あそこならちょうど良いような気がした。
この世界にまだホワイトボードは存在しない。
だが工業規格のピンとかはある。
それを使えば、皆にわかりやすくスケジュール管理もできるのではないだろうか。
「どんなふうにやるんだ? ちょっと見せてくれ」
「ええと、こんなふうに……」
エミリアはグロッサムから真っ白な紙を渡された。
それをカッティングナイフで裁断し、小さく整える。
手頃な画鋲があったので、それを壁にぺしっと……。
「この横軸を日付にして、こーんな感じで……」
ぺしぺしと。
壁に紙を貼っていく。
その様子をじっと眺めていたグロッサムは、髭を弄りながら感心する。
「終わったらまとめるか、廃棄すればいいわけか。なるほどなぁ」
「……どうでしょう?」
いまさらながらに余計なことだったかもと思い始めた。
だけど、効率性は工房の命だ。
それに年末でバタバタする職人の仲間は見たくない……。
それにさきほど、フォークについて良い話を聞かせてもらったし。
「いい案だ。試してみるか」
「いきなりですか!?」
「そりゃあ、このスケジュール書いてたのだって途中だからな。まだまだアクシデントが起きて、どうせ変わっていきやがる」
ふんとグロッサムが鼻を鳴らす。
「だったら乗り換えたほうがいい。良い列車ってのは速い列車だ」
「ええ……そうですね」
グロッサムは保守的なようでいて、エミリアなどを重用する。進歩的な面は相当にありそうだった。
「ようし、お前ら! 年末のスケジュールを気合入れて新調するぞっ!」
わたわたと壁にボードを取り付けるところから。工房の壁の改造作業が始まってしまった。
そこでどんと監督するグロッサムに、エミリアはすすっと近寄って聞く。
フォークの贈答の話で、もうひとつ聞きたいことがあるのだ。
「あのー」
「なんだ?」
「つかぬことを聞くのですが、ペンギンにプレゼントするものとかってあります?」
「なんでだ?」
「誕生日的なものなので」
グロッサムが顎ヒゲを撫でる。
ちょっと彼の目が泳いでいた。
「そりゃあ――魚じゃねぇか? 多分……」
やっぱりペンギン向けのプレゼントには心当たりがないらしい。
まぁ、当然かもしれなかった……。
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