285.年末の工房
翌日、エミリアはイセルナーレ魔術ギルドの工房に顔を出した。
ルーン消去の仕事が来たので、それを遂行するためと……諸々のことを聞きたかったのだ。
この世界でも年末と新年は休みになる。ということなので、今の工房は忙しい雰囲気に満ちていた。
「資材が来ない!? じゃあ、これはもう来年だ!」
「急いでここを整理だ! 明日には荷物が届くんだからな!」
バタバタバタ……。
(師走とはよく言ったものね)
そんな慌ただしい工房の中で、グロッサムは黙々と書き物をしていた。
彼の隣には豪華な赤い長箱がある。
「むぅ……」
彼は難しい顔をしていた。
とはいえ、機嫌が悪いわけではない。
エミリアはグロッサムのそばに近寄ると、彼の白ひげの顔が上がった。
「エミリアか。今日は……ああ、フォークの作業か」
「ええ、緊急みたいで」
「ご覧の通り、いつも年末は忙しくてな」
グロッサムがふんと唸る。
今日のエミリアの作業はフォークだ。
「今日の品物はこれだ」
グロッサムが隣にあった赤い長箱を
エミリアのほうにぐっと押す。
「拝見いたします」
鍵付きの箱だが、鍵は掛かっていなかった。
真紅の装飾と彫り物、ところどころに金粉も見える。
この箱自体が高価なもののように思えた。
似たような箱をこの前、エミリアは目にしていた。
(あの模造品の杯が入っていた箱みたい……)
開けると、黒いクッションの中にいくつものくぼみがある……そして、そのくぼみにフォークが丁寧に収まっていた。
その数、5本。
「年季の入ったフォークだ。かすかに魔力があるだろう?」
「ええ、そうですね……」
フォークは銀製だろうか。
滑らかな光沢がある。
そしてフォークには細かい装飾がひとつひとつの柄に刻まれていた。
波、魚、泡……そこでエミリアはフォークの違和感に気付いた。
「あれ……?」
手に取って見ると、間違いない。
5本のフォークはかなり小さい。エミリアが普段使うフォークの半分くらいのサイズだった。
小首を傾げるエミリアにグロッサムが頷いた。
「あんたはウォリス生まれだったな。そのフォークは貴族の子ども向けの贈答品だ」
「へぇ、イセルナーレではフォークを贈るんですね?」
意外な風習にエミリアもふんふんと頷く。
「そうだ。冬至や年末、新年なんかに子どもへフォークを贈る。イセルナーレ王室の神具が銛だからな」
「なるほど……日付がバラバラなのはなにか法則が?」
「冬に贈るというのだけが決まりだ。細かな日取りはそれぞれの家が勝手に決めるもんだ」
そこは統一されてないわけか……と、エミリアは思った。
「いい風習を聞きました。フォードの誕生日が近くて、どうしようか悩んでいたので」
「んぁ、ああ……それならフォークがいい贈り物になるだろうな」
そこまで話して、エミリアは再び手に持ったフォークに目を向ける。
刻まれたルーンは保護や耐久強化。
他にルーンはない。
「その箱とフォークは代々継承されてきたものらしい。家の新しい子どもに渡すんだとさ」
だから特別な効果のルーンはなく、フォークを長持ちさせるためだけのルーンがあるのか。
工房の明かりに照らしながら、エミリアがフォークを掲げる。
「消すのには素材がちょっと複雑かも……。それでも半日くらいでなんとかします」
「それで構わねぇ。やってくんな」
これらのフォークの魔力の伝わり方、ルーンの摩耗の仕方。
色合い的には銀にも見えたが、やはり違和感がある。
中は全然違う金属のような気がする。
「銀の合金だから慎重にやらないと……」
書類に目を戻したグロッサムが肩をすくめる。
「この前のペーパーナイフがたやすくできたんだから、問題はないだろう。時間がかかるのは……あんた以外がやったらもっとかかる」
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