282.西のドゥナガ山脈
ロダンはコルドゥラの言葉を聞いたきり、黙った。
見向きもしなかった父の側面。
ロダンといる時のエイドルは、穏やかで洗練された紳士だった。
エイドルはロダンを愛した。
それは溺愛といっても良かった。
カーリック家の跡取りとして、ロダンに最高の教育を与えたのだ。
さらにロダンの望むもの全てをエイドルは間違いなく用意した。
マルテの墓参りと屋敷の肖像画。
家系図にもマルテの名前を刻ませた――エイドル・カーリックの第二夫人として。
(それゆえコルドゥラは俺との仲を諦めたと思った……)
コルドゥラはロダンにさほど親しみを見せなかった。
マルテとはやはり違ったのだ……義務を果たさなかったわけではないが。
エイドルと角を突き合わせるのは、ロダンと見えないところ。
少なくともロダンがカーリック家の跡継ぎであることに、コルドゥラは一切の異論を挟まなかった。
ロダンも無論、努力した。
カーリック家の立派な当主になって、責務を果たすために。
それがマルテへの一番の孝行だと思ったのだ。
胸の内は荒れ狂っていたが、ロダンは表面上落ち着きを示すことができた。
まさか、エミリアの話からこんなことになるなんて……。
今までの言葉を拾い集めれば、コルドゥラはエイドルについてロダンよりも遥かに知っているはず。
「父上と連絡は取っているのですよね」
「あなたとは別にね。馬鹿みたいに能天気な手紙じゃなくて、本当の近況を記した手紙がたまに来るわ」
コルドゥラが椅子の上の鞄から小さな手紙を取り出して、テーブルの上に置く。
手紙は真っ白で、時間が経っているようなものではない。
「この手紙が来たのは、1か月くらい前かしら」
「拝見します」
コルドゥラは手を差し出して了承した。
手紙の筆跡は……いつもロダンが目を通す父の手紙ではなかった。
いつもの手紙は常に整い、優雅さを感じさせる書き方なのに。
コルドゥラへ送った手紙の筆跡には切迫感があった。
『愛するコルドゥラへ。例の件に進展があった。
イセルナーレ西端のドゥナガ山脈で不完全な遺物と工房を発見した。
ただ、魔力も危険もない。
完全なガラクタだ。
彼女自身が作ったものとは思えない。この工房を作ったのは彼女の弟子か信奉者だろうか?
工房に残された資材にはウォリス王国の様式が見られる。
やはり彼女はウォリス王国と深い繋がりがあるようだ。
次の目的地も設定できた。
ロダンは元気か?
活躍は聞くが、無理をしていないか心配だ。
俺の心配は無用。俺はまだ彼女を追える。
追伸:例の口座に入金してくれ。爆薬を買わなければ』
手紙はここまでだった。
「……ドゥナガ山脈……」
ロダンは息をふーっと吐いた。
コルドゥラも椅子に深く腰掛けていた。
「ドゥナガ山脈はイセルナーレとウォリスの国境ね」
ドゥナガ山脈は王都からだと北西から真西に囲い込むように伸びている。
この深い山脈は昔から両国の争いが続いており、何度も戦争の舞台になった。
とはいえ、最後の戦争は数百年は昔のことだが……ここはアンドリアと違って土地は痩せて人口も少ない。
ゆえにドゥナガ山脈はさほど重要視されず、お互いに小さな貴族が配置されている……というところだ。
だが、それ以上に重要なことがあった。
イセルナーレとウォリスの歴史の中ではマイナーな地方であるが……。
セリド公爵家は呪われている。
コルドゥラが放った、その言葉の意味。
「セリド公爵家の領地は、ドゥナガ山脈の麓にある」
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!







