28.日常業務
ブルースとの会談を終えたロダンはそのまま、通常業務へと戻る。
王都守護騎士団の仕事も仕事で存在するのだ。休む時間はない。
黒を基調とした法務省の廊下を歩く間、ロダンは感情の自制を試みる。
(……落ち着かねばな)
騎士団の面々に離婚調停の件は無関係だ。
団長と法務官の職務は切り分けなければならない。
(法は公正、忍耐、応分……)
法務官心得の古い教訓を暗唱しながらロダンは歩き、騎士団宿舎へ到着する。
王都守護騎士団の宿舎は制服と同じく、黒色の塔だ。
元は監視塔であったのを流用したもので、宮廷内では例外的に高層建築である。
これが騎士団そのものの威信を高め、矜持と規律を生んでいた。
「ああ! 戻られましたか!」
宿舎に入ろうとしたロダンを副官のテリーが呼び止める。
侯爵家の次男であるテリーは金髪の快活な若者であり、ロダンの右腕だ。
「団長、西の港で精霊事件です!」
「わかった。すぐ向かう」
王都内には精霊避けの結界が展開されている。
そのため、王都内で精霊が事件を引き起こすことは珍しい。
だが、外縁部たる港や鉄道はそうはいかない。
割と頻繁に精霊が現れ――困ったことが起きてしまう。
事件のあったのはイセルナーレの西の港だ。
ここは漁船が多く、王都の食料を支える港である。
スレイプニルに乗り、ロダンらは事件現場へ急行した。
坂道を列を作って下る王都騎士団は、王都の風物詩である。
港では埠頭の近くに数十人が集まっていた。
その中心に魔力の塊が感じ取れる。
「あそこか」
さほど大きな魔力ではない。
先日の鉄道を止めた精霊ペンギンの数分の一というところだろう。
スレイプニルから下馬して向かうと、さっと人の波が割れる。
「状況は?」
「おおっ、ロダン様! ちょっと精霊様が……」
白髪の漁師が事件現場を指し示した。
埠頭の上に、大きな漁師網が置かれている。
そこから魔力の波動が広がっていた。
「……きゅう」
腕で抱えられるほどの大きさの精霊アザラシが網に絡まっている。
その口元にはカニの脚がくわえられていた。
……状況の推測をロダンは試みる。
「ふむ……網の中のカニを食べようと忍び込み、絡まったというところか?」
「恐らくは……!」
「きゅう……」
つぶらな瞳をうるうるさせる精霊アザラシ。
これでも本気を出して暴れれば、埠頭そのものを大破させる力が精霊にはある。
一般人がどうにかするのは大いに危険だ。
ロダンが網の前に進み、手をかざす。
「よし、落ち着け……」
息を整え――思考を大気に溶けさせるようイメージする。
自我を手放し、目の前の精霊と……。
……怒りを忘れなければならない。
精霊アザラシがきゅっと首を傾けた。
ロダンは身体の奥に眠る魔力を、潮風と同調させる。
ルーン魔術の刻みつける感覚とは真逆の思想。
波の音がひどく頭に響く。
息を呑む人々の心臓の鼓動さえ聞き取れる――。
精霊魔術は大気を通じて精霊と同調する。
同時に、それは周囲の全てが感じ取れてしまう。
優れた精霊魔術師はさらに深く、瞬時に潜る。
雑音を飛び越えて――精霊と繋がる。
(俺はまだその境地にはないが……)
幸い、精霊アザラシは友好的だった。
カニの脚をずっとかじっている。
……食欲しかないとも言えるが。
「きゅうぅ!」
カニの身を食べ切った精霊アザラシがのそのそと網から這い出ようとする。
「いい子だ……」
それをロダンが助け、精霊アザラシを網から担ぎ出す。
冷たく、ふよんとしたなんとも言えない触り心地だった。
「きゅっ!」
精霊アザラシが腕を振り上げ、するっとロダンの腕から海へと飛び込む。
そのまま精霊アザラシは海へと戻っていった。
精霊が立ち去ったのを見た漁師たちが安堵の息を漏らす。
何事もなく終わってくれたのだ。
「ありがとうございます、ロダン様!」
「礼には及ばん。今後も何かあったら王都守護騎士団に連絡を」
漁師たちから見送られ、ロダンらの仕事は一段落である。
時刻は昼食時になっていた。
スレイプニルを繋いでいたテリーがロダンに声をかける。
「団長、昼食はどうします?」
「ふむ……外で食べてくる。馬を頼む」
後事をテリーに託し、ロダンは街中へと進む。
(やはり精霊魔術は消耗するな……)
精霊魔術はロダンにとって負担が大きい。
今の状態をあまり団員には見せたくない、それもあってロダンは一人になっていた。
虚脱感を覚えながらロダンはレストラン街を見て回る。
何かを食べながら、休みたい。
色とりどりのレストランが疲れたロダンを誘う。
何を食べるべきか。
ロダンは考え、一瞬で閃く。
(……カニでも食べるか)
精霊アザラシが食べていたから。
およそ短絡的な理由ではあったが、今のロダンは思考力が落ちていた。
カニ、精霊、カニ……。
午後も仕事がある。休憩が必要だ。
太陽が照りつける道をロダンは早足で歩く。
「入れそうだな」
ガイドブックで5つ星の甲殻料理レストランに到着し、ロダンは目を丸くする。
そこでは先着していたエミリアとフォードが、カニ料理に興じていた。
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