271.延長戦
「待たせた」
シャレスが周囲を気にする素振りを見せる。
だが、そのままシャレスはテーブルに着いた。
クリティカルな話はここではしないと思ったが、違うらしい。
(概要だけ、ということかしら)
とはいえ近くで話を聞くようなら、すぐわかる。声を大きくしない限り問題はなさそうだ。
アンドリアのテーブルの人たちが何やら残った食材などを楽団へ届けているのがちらりと見えた。
エミリアがしずしずと夜会仕様で頭を下げる。
「お久し振りでございます」
「うむ……本来であればあなたのその
美しさや近況について語り合いたいところだが、早速本題に入ることを許してくれ」
「もちろんでございます」
肩の力をシャレスにもわかりやすく抜く。
「例の件は相当程度、進行した。ウォリス王家からもほぼ内諾を得ている」
それがどの程度の労力を要するのか、エミリアには判断しかねた。
ロダンが重々しく頷く。
「思ったよりも順調ですね」
「もう少し、ごねられるかと思ったがな。……意図があるやもしれぬ」
「意図でございますか?」
シャレスの示唆するところがわからず、エミリアは素直に首を傾げた。
シャレスが声をひそめる。
「ウォリス王家も……杯について知りたいと思っているのやも。あるいは横取りを狙われても不思議はない」
「……っ!」
「そのようなことになれば、極めて難しくなりますね」
実家のセリド公爵家が杯をすんなり差し出すかどうか、エミリアが気にしていたのはその点だけだった。
だが、思えばウォリス王家もセリド公爵家を特別扱いしているのだ。
あの儀式には血族以外は参加していなかったとはいえ――ウォリス王家が興味を抱く可能性はあった。
(特別な魔力、魔術……)
「我々の目的は破壊だ。次に可能なら、他の関連遺物の情報を得ること……」
シャレスが封印していた杯は模造品だった。
誰が何の目的で作ったのかは判別としないが、多分……完成度からするとモーガンその人が作ったのではない気がする。
シャレスは可能なら他の模造品についても情報を得て、破壊したいと望んでいるようだ。
「いずれにしても、ウォリスの件は来年早々には詳細を詰める。そのつもりでいてほしい」
「かしこまりました、シャレス殿」
そこでシャレスがふっと目元を緩める。
「君には苦労をかける。もしこちらで出来ることがあれば、何でも言ってほしい」
「いえ、私のほうこそ――今の生活が送れるだけで幸せです」
これは本当だった。
フォードやルルがいて、やり甲斐のある仕事があり、ロダンもいる。
さらに望むほど欲深くはない。
「では、私はこれにて失礼する。また追って」
シャレスは席を立って、足早に会場を去っていった。
うーむ、風のように落ち着かない。
あれはあれで大変だろうな。
思ったよりもシャレスとの話は早くに終わった。ロダンが息を吐く。
「ふぅ……来年早々か」
「そうね……。久し振りの実家になるわ」
結婚してからセリド公爵家の屋敷には戻っていない。
なので、もう5年は帰っていなかった。
振り返るに、あまり良い思い出はない。
と、そこで楽団から再び音が奏でられるのをエミリアは聞いた。
スタッフはまだかなり残っているが、招待客はほぼ帰っているのに。
「あれ? もう終わりじゃ……」
「そのはずだが。次のリハーサルか?」
確かにこの広間はとんでもなく広い。
音の反響や音量など、この場でしか調整できないことをこれから残って練習するのだろうか。
「ちょっとよろしいでしょうか?」
そこにアンドリアホテルのおじさま
がやってきた。またなんだろう?
「ええ、どうかいたしましたか?」
「ご一同がまだお帰りになられないようで、少し趣向をいたしまして……」
おじさまが楽団に向けて手を振る。
すると、楽団の音楽がピシッと……ダンスの曲へと変わった。
「きゅ?」
ルルがもにゅっと目を開ける。
ダンスの曲でまた血が騒ぎ出したのかもしれない。
「殿下のご意向により、この会場は朝まで使えるとのこと。残るのは基本、スタッフだけでございますが……許可を得ましたので、もし宜しければ、このままお楽しみ頂ければと存じます」
「そ、そんなの大丈夫なんですか?」
おじさまがふふりと微笑む。
「正直を申せば、食材や酒類を持ち帰るのも何かと大変。帰るのも明日のこと。殿下の夜会では、このようなお気遣いがよくございます」
ははぁ、なるほど……。
このような大規模の夜会では、料理の分量を正確に見積もるのは困難だ。
満足度を優先すれば、余りが出る。
それをスタッフの延長戦で消化しようというわけか。
見るとスタッフが好きに料理を食べて寛いでいる。
とても豪勢な賄いであった。
確かにエミリアにも心残りが少しある。
エミリアがふっとロダンを見ると、深い青の瞳が頷いていた。
ロダンも同じことを考えていると、すぐにわかった。
エミリアにはそれが嬉しかった。
「ちょうどいい。諸々で機を逃したが、今から踊るか」
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