245.夜と踊りと
前にロダンと夜会で踊ったのは、貴族学院時代のことだ。
だからもう5年以上前になる。
ウォリスへ留学に来ていたロダンと、あの日の夜も踊っていた。
あの時は、雲ひとつない星降る夜だった。
(……そうだ、あの時も冬だったわ)
広間はルーンの暖炉で暖かったが、外は刺すように寒かった。
ウォリスの冬では雪が降らない年はなく、例年のことではあったが。
それでもあの夜の寒さは尋常ではない。晴れているのに凍えそうなほどで。
かじかんだ手できちんと踊れるか、エミリアは不安に思っていたほどだ。
それはあの時のロダンも同じだった。
夜会での失敗は当人同士だけでなく、時には家にも波及する不名誉だ。
冬の王の背中をきちんと一緒に踊れるだろうか――だから、エミリアとロダンは冷たい手を繋ぎ合わせて、熱く踊った。
『……いつになく、情熱的ね』
その時、エミリアにはすでに婚約者がいたので、ロダンと踊ったのは一曲だけ。
それが冬の王の背中。
去りゆく冬の背を追いたくても、追うことはできない。
春が、次の季節がやってくるから。
溶ける雪に思いを馳せて、ただ見送るだけなのだから。
曲がだんだんとテンポアップして、冬が終わりに近付いていく。
……過去のことから今に戻ると、あの時よりも成長したロダンの顔が目の前にあった。
「何を考えている?」
「前に冬の王の背中を踊った時のこと、覚えてる?」
「とても寒かった夜のことか」
ロダンは覚えていた。
それがエミリアには無性に嬉しく思えた。
「イセルナーレではあり得ない夜だった。雪も降っていなかったのに。あれほど寒く思ったのは初めてかもしれん」
「そんなに?」
「ああ、ウォリスの人は平気な顔をしていたから合わせていたんだ」
何年か越しにロダンが痩せ我慢していたことを知る。
凍てつく氷の魔術を操るのに、寒さに辟易するとは面白いかもしれなかった。
間近のロダンの熱を感じながら、踊りを続ける。
ロダンの踊りは正確無比。ルルのカスタネットリズムにも適応し、きちっとしていた。
「……踊りづらくはないか?」
「ううん、そんなことない」
女性を遠ざけてきたロダンはやはり色々と心配しているらしい。
でも大丈夫だ。
クールな見た目よりもロダンは情があるほうなのはわかっていた。
「きゅー、きゅー!」
ルルがご機嫌にカスタネットを鳴らし、足をペタペタさせる。
自分でも冬の王の背中を表現したいらしい。
「いい感じだね、ルル」
「きゅー!」
フォードもルルの隣で手を叩く。
賑やかなダンスホールにいる気分になりながら、徐々にペースが上がっていく。
ゆったりとした踊りが加速していく。転調もルルはばっちりだった。
ロダンの息遣い、体温を感じる。
(本当に、みんなの目の前で……ふふっ)
本番は今日の比ではない。何百人もがふたりの踊りを見届けるだろう。
だが、怖くはない。
モーガンの遺産に関わって、そんな気持ちはもうなくなった。
ただ、ふたりの踊りを見れば人々は気が付くかも。
単なる友人関係などではなく、ふたりは互いに愛し合っていると。
『冬の王は遥か彼方へ見えなくなり、春が訪れる』
『雪解けに備えよう、芽吹きが始まる――』
ロダンの瞳にはエミリアの黒髪が映り込んでいる。
それを受けても、今のエミリアは余裕を持って微笑んでいた。
春の熱、暖かさに似た何かがロダンとの間にあると確信できているからだ。
筋肉を帯びたロダンの腕も。
ダンスの熱を受けたかすかな吐息も。
ロダンの額に浮かんだ小さな汗も。
すべてが愛おしく、暖かい。
カスタネットはいよいよ速まり、エミリアも動きを合わせていく。
最高潮に達し、確かな春がやってきた――その瞬間。
ルルがふにっと胸を張りながらカスタネットを打ち鳴らして曲が終わる。
エミリアがこんなにも楽しく踊れたのは、あの夜以来のことだった。
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