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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
1-3 向き合う時

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24.ルーン

「おう、やってくれるか! よし……ちょっと待ってろ」


 グロッサムはエミリアの前にある金属棒を握ると、ぐぐっと力を込めた。

 小柄な老人のどこにそんな力があるのか――レールが持ち上がる。


 一瞬、目を見開くエミリアだったがすぐに魔力の気配に気づく。

 グロッサムの胸から腕を覆うようにルーンが発動していた。


(なるほど、筋力増強のルーン……かな?)


 作業着の下にルーンの刻まれた肌着を着ているのだろう。


 だが、薄い布に強力なルーンを宿すのはとてつもなく難しいはずだ。

 多分グロッサムが自作した専用装備だろう。


(これも彼が一流の職人だからってことね)


「よいせっとー!」


 作業台にレールを上げ終わったグロッサムが平服のエミリアをじっと見る。


「その服が汚れるとまずい。作業着とかは向こうの更衣室にある。自由に使ってくれ」

「あっ、お気遣いありがとうございます!」


 エミリアはささっと工房の横にある女性更衣室に向かう。

 更衣室も工房と同じく、壁塗りも剝げたところが一切ない綺麗さだ。


 入ってすぐ、ゲスト用と書かれたロッカーがある。

 中を開けるとクリーニングされた作業着がいくつもあった。


(よし、お借りします)


 手早く着替え、更衣室の外に出る。


 着替えた青の作業着は動きやすく、通気性に優れていた。

 落ち着いたオーシャンブルーの色合いも良い。


 皮の手袋もあるので、エミリアは拝借して装備する。


(どことなく食品工場の作業着みたいな……)


 世界が違っても機能的なデザインの行きつく先は同じなのかもしれない。

 ささやかな共通点に気がつくとちょっと幸せな気分になる。


 グロッサムのところに戻り、レールに向き合う。


「では、作業を始めますね」


 言って、作業台のレールに手をかざす。

 刻まれたルーンはかすれ、魔力の拍動は不規則になっていた。


 手袋越しにルーンに触れる。

 ルーン自体は非常にしっかりとしている……30年間、効果が続いただけはある。


 ルーンに込められた想いと効果はさっき読み取った。

 これを吹き消し、まっさらな状態へ戻すのだ。


 息を整え、集中する。


 ……。


 かすかに残った、ルーンの破片。


 風、波を割る風。

 陸に打ちつける強風。


 そこに意識を合わせていく。


 この前、消したルーンよりは――やはり刻んだ力は強くない。

 魔力を研ぎ澄まし、腕から指へと伝わらせる。


「……っ!」


 手袋越しに指を走らせ、ルーンを擦る。

 一瞬、魔力の火花が散ってルーンがかき消えた。


「おおっ! 消えたなっ」

「ふぅ……どうでしょうか?」


 グロッサムがレールのそばに顔を近づけ、消えた跡をなぞった。

 その手つきには愛おしささえ感じる。

 

「完璧だ、言うことない」

「ありがとうございます……!」

「やっぱり早いな、あんたは。要点を掴むのがうまい」

「いえいえ、なんとか応用ができているだけで……」


 エミリアの謙遜をグロッサムは笑って受け取る。


「控えめだな。こんだけできていたら、もっと威張ってええぞ」

「えええっ!? いや、そんな……っ!」


 手を振るエミリア。

 先日入ったばかりでそんな度胸があるはずもなかった。


 褒められ慣れていないエミリアはさっと話題を変える。


「次のレール行きましょう、次の! まだたくさんあるのですよね?」

「……もうできるんか?」

「ええ、はい……」


 グロッサムが白い眉を吊り上げる。


「ふむ、やっぱり実力の違いか。普通の職人なら少し休むところだが……」


 ルーンの消去は難しく、魔力も精神力も消耗する。

 30年持ったルーンを消すのなら、なおさらだ。


 だが、やはりエミリアは並みの器ではない。

 グロッサムが次のレールに腕を回し、持ち上げる。


「あまりに廃棄のレールが増えすぎて、もうルーンの消去を他の国に任せるしかないと思っていたが……」

「そんなに、ですか?」


 倉庫が満杯になりそうとは聞いたが、他国にまで任すのは重症だ。

 

「消すべきルーンをいつまでも抱えてはおけん。このクラスのルーンはどうなるかわからんからな……」


 小さくて弱いルーンなら、いずれ摩耗して完全に消失する。

 刻んだ素材を転用しないなら捨てるのもありだ。

 事故なども起こらない。

 

 しかしこのレールに刻まれたルーンはそこそこ強い。

 もし積んだレールの中で最後にルーンがぱっと散ったら……。


(何十、何百も連鎖すると風のルーンだから竜巻ぐらいは起こるかも?)


 街中でそんなことになったら大惨事だ。


 エミリアの表情を読んだグロッサムが次のレールを作業台に置く。


「さて、次だ。よろしく頼む」

「はい……!」


 エミリアは意気込んで次のレールに取り掛かる。

 仕事は仕事だけれど……自分の魔術で人のためになることをするのは、とてもいい気分だった。


(……自分の居場所ができていくみたい)


 消したルーンで自分の居場所。

 こんな流れになるとは思っていなかったけれど、これはこれでいい。


 エミリアはグロッサムと二人三脚でレールのルーンの消去をどんどん進める。


 消して、消して、移動させて。

 新しく置いて、また消して。


 作業を続け、置いてある全部のレールでルーンの消去が完了した。

 レールそのものの移動時間も結構あったので、2時間はかかっただろうか。


「ふぅ……」

「お疲れさん! いやぁ、今日だけでこれが終わるとはな」

「グロッサムさんもお疲れ様でした」

「ははっ、あんたに比べれば俺はなんてことないっ!」


 すっかり上機嫌なグロッサム。

 彼も満足そうで、エミリアもほっとする。


 さて、仕事が一段落したわけで。

 フォードとフローラはどうなのだろう……とエミリアは工房を見渡す。


(……あれ?)


 フォードとフローラは椅子に座り、作業台で何かをしている。

 最初は絵本を読み聞かせているのかと思ったら、そうではない。


 なにやらフォークを台に並べているようだった。

 そのうちのひとつをフォードが指差し、手に持つ。

 

「まぁ……やっぱりわかるのねっ!」


 フローラの興奮した声が聞こえてくる。


 これこそが後年、イセルナーレで最高のルーン魔術師となるフォードの、魔術師としての第一歩であった。

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