231.課題の仕掛け
正直、楽勝だとガネットは思った。
ペーパーナイフはよくあるサイズ感、多分銀が混じっている。
しかもルーンは単純で壊れやすく作られていた。
(慎重にやれば、これくらいはな。できねーと思ってんのかぁ?)
ガネットもこの数か月、漫然とエミリアの講義を受けていたわけではない。
しっかりと座学を受けながら、実践も重ねてきた。
(全てはあのセンセーの鼻を明かすため……!!)
エミリアのことを考えるとまだ頭に血が上る。
そんなガネットの魔力の揺らぎを見て、取り巻きのひとりが慌てて声を出す。
「おい、落ち着けよ〜」
「……大丈夫だ。まだ落ち着いてる」
ペーパーナイフを覆うように作られたルーンを班の全員で消去していく。
先導役はもちろんガネットだ。
豊富な魔力と研ぎ澄まされた集中力で、先を行く。
どの班も同じようなやり方で――それはそばにいるキャレシーの班もそうだった。
だが、ガネットはキャレシーの班の違和感に眉を寄せる。
(なんだ? 遅くねぇか?)
隣の班なので、ガネットからもキャレシーのペーパーナイフの様子がわかった。
キャレシーの班のルーン消去の進捗度は、ガネットの班の半分ほど。
(そんなこと、あるのか?)
ガネットとキャレシーの実力はほぼ同じはず。
班の実力もほぼ均等になるよう分けられている……さらにはペーパーナイフの難易度は向こうが下。
本来ならキャレシーのほうが先にルーン消去を進めていないとおかしい。
こんなにもガネット班が先行するのだろうか。
(班の実力差がないなら、進捗度合いの差はペーパーナイフからしか生まれねぇだろ……)
意識を講義室に振り向けると、ほぼガネットの予想通りだった。
進捗の差はペーパーナイフの難易度に左右されている。
例外はキャレシーの班だけだ。
「おい、集中しろってば」
「……なんかおかしくねぇか?」
「なんだ、手を止めて」
ついに手を止めたガネットに班の皆がぶーたれる。
「時間内に終わらせないといけないんだぞ」
エミリアは黒板に大きく『時間内に消去を完遂させること!』と板書していた。
進捗の度合いからすると、ガネットの班にはほとんど余裕がない。
手を止めるガネットを班の皆は理解できない様子だった。
「足踏みしたら本当に間に合わないぜ。今、考えることか?」
「ああ……俺の勘がそう言ってる」
ガネットは集中をキャレシーの班に振り向けた。
彼女は今も柄の部分を非常にゆっくりと丁寧に消去を進めている。
あのペースで全体を進めたら、確実に間に合わない。
だが、キャレシーは集中力を柄の部分の消去に振り向けていた。
(キャレシーは迷わず、一番簡単なナイフを手に取った。自信がないんだと思ったが、違う。キャレシーは何かに気が付いたんだ)
ほとんどの学生――ガネットも見落とした何かがあるのか。
(考えろ。そうだ、最初からおかしい。全員がクリアできそうなクッソ簡単そうな課題、わざわざ教科書から外して出すか? あのセンセーだぞ)
ルーンに不審な点はない。
それはこれまでの作業でわかっている。
だとすると、他に……そこでガネットはピンときた。
ガネットの取り巻きのひとりが、やることがなく水筒に口をつけて飲み物を飲んでいる。
「おい、その水筒貸してくれ」
「んぁ……喉渇いたのか? 別にいいけど」
水筒を受け取ったガネットが慎重にペーパーナイフの柄部分へ水滴を落とす。
「ん? なにやってんだよ」
「……見ろ」
「あれ? 落とした水滴が表面から消えてる?」
ガネット班の全員がペーパーナイフの柄に注目した。
目を擦ってじーっと見つめると、柄の底のデザインに小さなヒビが存在した。
デザインの溝に隠れて、よくよく観察しないと絶対に気付けない程度ではあるが。
「ほらな、柄に小さなヒビが入ってやがる。そこに水滴が入り込んだんだ」
ガネットが薄く笑った。
取り巻きのひとりが声をひそめながら、ペーパーナイフを指差す。
「欠陥品じゃねぇか……!」
「いいや、違うな。多分、全部のペーパーナイフがこうなんだ。土台がボロボロなペーパーナイフに、ルーンを刻みやがった」
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