230.課題のペーパーナイフ
2日後、次の大学講義。
エミリアは弛緩する学生に向かい、意気揚々とペーパーナイフを見せた。
これみよがしに灯のルーンが刻んである。魔力を込めると光る、ルーンとしてはありふれて基礎的なものだ。
しかもわかりやすく、ナイフ全体に刻んであるため、学生からでもルーンの存在は確認できる。
これまでほぼ教科書通りに進めてきたエミリア。なので、学生たちも突然エミリアの行動が横道にそれたのに少々驚く。
「これはとある職人さんに手伝ってもらったルーンです。かなり消しやすく刻んでもらってますが……今日の残り時間はこのルーンの消去に挑戦してもらいます。では、手前のグループからペーパーナイフを取りに来てくださいね」
グループ分けされている学生たちが続々と前に来て、教壇に並べられたペーパーナイフを手に取る。
そこには当然、ガネットもいた。
「今日は教科書とは違うんだな」
「たまには予定調和から外れようかと」
彼の取り巻きのひとりが、ガネットの後ろからヒソヒソ声で話す。
「居眠りしそうだったもんな」
「読むだけ座るだけは退屈だもんな〜」
そこでガネットたちは教壇の上に並んだペーパーナイフが、全部同一でないことに気付く。
3つの束になって置かれていた。
「基本は同じですが、3つの束で難易度が異なります。あなたたちから見て右に置いてあるほうがルーンの消去は簡単です」
エミリアがガネットから見て右のペーパーナイフの束を指差す。
ガネットから見ても、かなりの低難易度だ。
ルーンは大きく、はっきり視認できる。その上、刻まれたルーンには意図的に消去を助けるためと思われるヒビが入っていた。
「ずいぶん器用に作ってんだな。にしても、さすがに簡単すぎるぜ」
「……どれを選びますか? ちなみにこれも実技なので、難しいほうのルーンを消せたほうが点数は上です」
にこにこと話すエミリアに、ガネットは歯を見せる。
「はん、じゃあセンセーのお望み通り……俺らは難しいのを選ぶぜ!」
ガネットが最高難度のペーパーナイフを手に取る。
とはいえ、ガネットの目には慎重にやればなんとかなるのではないかという目算があった。
ガネットの後ろに並ぶキャレシーがふっと息を吐く。
「……相変わらず自信過剰」
「なんだって? お前はどうするんだよ」
キャレシーの班は事前に話をまとめていたようだった。
キャレシーは迷わず、一番簡単な課題のペーパーナイフを手に取る。
「これに決まってる」
「弱気じゃねーか。ビビってんのか?」
目を細めてガネットを見つめるキャレシー。
そんなふたりの様子をエミリアはにこにこと見つめていた。
ふたりは常にこんな感じなのだが、特に心配はいらない。
と、エミリアは思っている。
「先生もイイ性格してるよね、本当」
キャレシーは課題の要点に気が付いているようだ。
多分、この場で落とし穴が見えているのは彼女だけ。
「何のことでしょうか?」
「そうだぜ、いくらなんでも……俺らならクリアできそうなレベルだろ」
「……最後までやってみたらいいんじゃない?」
ペーパーナイフが各班に行き渡り、それぞれ挑戦を始める。
ざわめきが消え始め、それぞれが集中に入る――。
ペーパーナイフに刻まれたルーンは、ぱっと見は学生でもなんとか消せそうなレベルなのは間違いない。
ガネットも一番高難度を選んだが、きちんと集中すれば消去はできると思っていた。
「キャレシーの鼻を明かさなくちゃな……!」
負けん気の強さを集中力に変えて、ガネットが目を閉じる。
最初から用意されたルーンの綻びがしっかりと把握できた。
あとはこのガイドにそって、慎重に魔力を這わせていくだけ。
各学生が同じようにルーンの消去に取り組む。
……それこそがエミリアの思惑の中とも知らずに。
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