229.試み
「イセルナーレ魔術ギルドは学生にとっても憧れの的です。例えばですけれど……この工房から課題品が来たら、学生にも刺激になるのでは?」
エミリアがふふりと微笑む。
これは講師をやりながらリサーチした内容で、間違いない。
世知辛いことではあるが、この世界にも就職ランキングというものは存在する。
とりあえず魔術師の就職先として、エミリアの理解では……。
第3位――大学講師コース。
今、エミリアの働いている職である(臨時だが)
広範囲の魔術的知識を要求されるが、ルーン技術の発展に伴って待遇は極めて良い。
目覚ましい研究成果を残せた場合は一代貴族として取り立てられることもある。
これは他の職にはない魅力だろう。
第2位――イセルナーレ魔術ギルド。言わずもがな、エミリアの所属するところ。
最古の伝統と格式にして最先端の技術、自由度と報酬が魅力的である。
魔術師としての実践の限界、業の極限に挑みたいならココだろう。
エミリアも実感しているが、イセルナーレ魔術ギルドの所属というだけで大きな社会的信用が付与される。
外国生まれのエミリアが大手銀行で口座を即時開設してもらえる程度には。
そして第1位――王都守護騎士団。
ロダンが団長を務めるところ。
肉体、精神、魔術のみならず決闘技術においてもイセルナーレにおいて最高峰が求められる。
なにせ、その存在目的は敵国の魔術師へのカウンターなのだから。
正式な団員は騎士号(一代貴族の廉価版)が即時付与され、それだけでも大きな名誉と言えるだろう。
(……とまぁ、そんなわけで)
「なるほどなぁ、この工房からか……」
グロッサムが腕を組む。
その唸るような様子にエミリアが少し慌てる。
「す、すみません。ご迷惑だったなら――」
「いや、そうじゃねぇ」
首を傾けたままのグロッサムがぽつりぽつりと呟く。
「俺も駆け出しの頃、親方から仕事とは別に色々と課題を出されたんだ。最初の頃はそりゃあ、上手く行かなくて悔しい思いをしたもんさ」
「…………」
「でまぁ、悔しいから歯を食いしばって立ち向かったんだが……あとで聞いたら、本来は師匠クラスの課題だったんだと」
そこでふんとグロッサムが鼻を鳴らす。
「どうりで難しいわけだ。やられたぜ、全く! でもおかげで腕はめきめきと上がった」
「ははぁ……そんなことが……」
「今ならこんな理不尽はフローラが止めるだろうけどよ。でも人によっては――俺みたいなタイプには正解だ。面白いじゃねぇか」
にかっと歯を見せたグロッサムが立ち上がり、エミリアに声をかける。
「ちょっと待ってな」
棚をごそごそと漁ったグロッサムは、小型のペーパーナイフの束を取り出す。
同じような彫刻でデザインされたペーパーナイフが数十本ほどだろうか。
「あった、あった」
「えーと、そのペーパーナイフは?」
「失敗作だ」
「えっ?」
「やらかしたのはウチじゃねぇぞ。依頼主のミスで、強度不足のペーパーナイフを送ってきやがったんだ」
あー……とエミリアは声を出した。
ルーン魔術には刻む土台が極めて重要だ。
どんなに腕の良い魔術師でも素材を超えたルーンは刻めない。
「銀の含有率が足りなくてな。依頼主が望んだルーンを刻んでも、数か月で壊れちまう」
「ペーパーナイフでそれは致命的ですね」
「まぁ、代替品が来て依頼は完遂できたんだがな。このペーパーナイフは『お金は出すからそちらで処分してください』ってことになったんだ」
グロッサムがペーパーナイフをテーブルに置き、にやりと笑う。
「物は悪くねぇ。どこかで使えるかと思っていたんだが……」
「じゃあ、好きに使っていいんですね?」
「そうだ。待ってな、ひよっこ相手にちょちょいとルーンを刻んでやるからよ」
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