214.一度あったことは
人生の喜びのひとつは、何気なく入った食事処が当たりだった時だとエミリアは思っている。
その意味でこの裏通りのバーは当たりだった。
「こちらはヤマメのお刺身でーす」
適当にお任せで頼んだ料理がどんどん届いてくる。
届いてきたのは赤身で脂の乗った切り身であった。
「……ヤマメ?」
聞き馴染みのない魚の名前にフォードが首を傾げる。
「きゅい」
『ヤマメはサケの仲間だよ。東方の国ではサクラマスとも呼ばれてる。その中でも海に行かなかったサクラマスをヤマメって言うんだ。ずっと川で暮らしてたサケなんだよ』
というようなことをルルが言った気がする……。
「へぇー! じゃあ、珍しいサケなんだね?」
「きゅっ!」
ヤマメのお刺身にフォークを伸ばしながらルルが頷く。
食べ物については博識だった。
というより、たまにルルは凄い能力を披露する……食べ物だけかもしれないけれど。
「ふむ、川のサケか……」
「あれ? サケは苦手じゃないよね?」
なんだか躊躇するロダンにウェイトレスが応える。
「あっ、ウチの川魚は全部ちゃんと凍らせて安全ですから! そのままぐっと行けますよー!」
なるほど、ロダンは寄生虫を心配していたのか。
しかしその辺りも大丈夫なようだ。
(この世界ではルーンや他の動力で氷も手に入るしねー)
もちろんタダではないが、水が豊富なアンドリアなら可能なのだろう。
「きゅい?」
ルルは精霊なので寄生虫も怖くない。躊躇なくヤマメの刺し身をフォークによそい、タレをつける。
タレは醤油ではなく、タルタルソースであった。
ソースには赤い粒が混じっている。多分、唐辛子だ。
刺し身をそのように食べるのはめったにないが、タルタルソースと合わないということはない。
エミリアもルルと一緒にヤマメの刺し身を食べる……。
まろやかで、きめ細かい赤身。
脂濃いめの魚の旨味が広がり、そこにピリッと辛めのタルタルソースの味が絡む。
濃い、とにかく濃い。
頬の中で魚と卵が暴れる。
これをアルコールで流し込めば、最高だろうな。
エミリアは直感に従い、オレンジカクテルをぐいっと飲む。
ほんのわずかな炭酸とスライスレモンの酸味が口内をリセットして、頭頂部にアルコールを届けてくれる。
「ふぅー……」
さらに続けて、色々な水産物の料理が出てくる。
焼き物であったり、アワビであったり、なんとなく東方のテイストがあるのでエミリアには食べやすい。
「きゅーきゅー」
ルルも大体なんでも食べるのだが、ホヤっぽいものも大丈夫なようだ。
フォードも複雑な味のほうが好きなので、この店の料理をどんどん食べていく。
もちろん塩辛も。
大人の味がわかってしまう四歳だ……。
(ルルに影響されてるのもあるかもだけど)
こんな味わいの皿を出されたら、お酒も進む。
ロダンが隣にいるし、ホテルももう遠くない。
昨日みたいなことにはならない、はず……!
「うーん……」
枕が硬い気がする。
エミリアはホテルのベッドで寝ていた。
夜、あのあと大いに飲み食いをして……体感、今は明け方近くだ。
「きゅっぷー……」
ルルの鳴き声。
エミリアのすぐ近くから聞こえる。
「ぽよぽよー……」
これはフォードの声。
目を擦り、頭をふらりと上げる。
ルルは枕カバーに羽を挟み、上に乗っていた。
さらに足の間に枕を挟んでいる……。
どういう意図あっての体勢なのだろうか。わからぬ。
で、フォードはそこからルルと枕に抱きつくような形で気持ちよさそうに寝ていた。
「…………」
とすると、このベッドにあった枕はふたつともルルとフォードが使っていることになる。
では、確かにエミリアが頭を乗せていたのは何なのだろうか。
眠い頭が徐々に目覚めてくる。
記憶と頭が元に戻ってくれば、何ということはない。
(はぁ〜……)
答えはひとつ。
またもエミリアはロダンと隣り合い、ベッドで寝ていたのだ。
そしてエミリアはロダンの腕を枕にしていたのだった。
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!







