210.決着
ロダンはエミリアの魔力のうねりを感じていた。
だが、何故かまではわからない。
ロダンはそのままビーバーへと突進して、足のルーンを展開する。
発動させたのは跳躍という極めて単純なルーンだ。
しかしこの時のロダンの速さは、単調な攻防に慣れきっていたシーズの予想を超える速度だった。
(コイツ、あえて……遅くしていた!?)
飛んだロダンはビーバーの肩に手を置き、身体を蹴ってさらに加速する。
狙いはもうひとりの未熟な魔術師のほう。
肉薄したロダンに対し、ソルミの体術は対応できない。
「うっ……!」
ここまで接近できれば――。
ロダンはそのまま魔術師の足元に着地し、即座に足を掴んでねじ伏せる。
「……っ!」
「きゅーいー! きゅー!」
ルルはビーバーへの精霊魔術を邪魔し続けていた。
そのせいでソルミを助けることもできない。
ロダンはねじ伏せたソルミの首元に、氷の剣を当てる。
「3秒待つ。精霊魔術を解除しろ」
冷たく言い放つロダンに、シーズは驚きの行動を取った。
ビーバーが背を向け、尻尾を振り回したのだ。
「……!」
尻尾の勢いでレンガ造りの建物が壊れ、砂埃が舞う。
「くっ……!」
これは仲間を救うための行動ではなかった。なぜならシーズの姿と魔力が消えたからだ。
ビーバーへの精霊魔術も途切れ、完全に痕跡がなくなっていた。
驚くべき逃げ足の速さだ。
「まさか、即座に切り捨てるとはな」
残されたのはロダンが捕らえた魔術師と目をぱちくりさせるビーバーの精霊だけ。
「んぅ……?」
「きゅっー!」
「ん、ん……んー……?」
ビーバーの精霊は首をしきりに傾げている。なぜ自分がここにいるのかもわかっていないようだった。
ルルが安堵した顔できゅいきゅい鳴く。
精霊魔術から解放されたビーバーがそっと首を下げて、ロダンのほうに近寄らせる。
「んー……」
ごめんなさいー、と言っているようだった。
ロダンは魔術師を逃さないようにしながら、器用にビーバーの鼻先に手を伸ばす。
ロダンはふっと甘く微笑んだ。
「気にするな」
「……んぅ」
ビーバーはルルを地面に降ろすと、壊れた瓦礫を持ち上げはじめた。
どうやら後片付けをするつもりらしい。よいしょよいしょと壊れた屋台の残骸を持って、脇にどけていく。
これらの様子をエミリアは見たわけではなかった。
しかし魔力の感知からひとり消えたこと、ビーバーが精霊魔術の影響から解放されたことはわかった。
「ふぅ……」
息を吐いてみると、ふらつく。
魔力を使いすぎた……。
こんなのは学院時代、ロダンと本気の決闘した時以来だった。
あの時は服もボロボロになるまでやりあったので、今のほうがマシであるが。
母の様子を見たフォードが見上げてくる。
「お母さん、どうなったの?」
「ルルとビーバーくんがお友達になったみたい」
精霊魔術のアレコレを伏せて、エミリアは端的に状況をまとめた。
「えー! いいなぁー」
周囲に隠れていた警官がわらわらと現場に向かっていくのが見える。
もう合流して大丈夫なのだろう。
(ひとり取り逃したけれど……)
だが、これはロダンの判断でもある。建造物への被害なども考慮した結果だ。
実際、あのサイズの精霊が街中に来たにしては被害は最小限だったと言えるだろう。
エミリアは手に持った杯を握ってから、ケースに杯を戻した。
やはりこれは安易に存在していいモノではない。
「ねぇ、ルルを迎えにいこうー!」
「そうね、行きましょう」
鍵をかけたケースを持ち、ふたりはロダンの元に向かう。
(……このことはシャレスさんには内緒ね)
口の中にはまだほのかに、甘ったるい熱が残っている。
それは血のようでそうではなく、ワインにも似て異なる。
なんだか今日のエミリアは思い切り、紛い物ではない酒が飲みたい気分であった。
これにて第3部第3章終了です!
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