209.杯から飲んで
血は注がれ、汚れは清められる。
エミリアの手の中にある杯はモーガンのオリジナルではない。
その模造品だ。
と言っても、この杯に途方もない力が秘められていることに変わりはないが。
息を薄く吐き、記憶から杯のことを思い出す。
(……ロダンを助けるためだから)
残り少ない魔力を使い、杯のルーンを起動させる。
杯の金属めいた光沢から、魔力の淡い光が生まれてきた。
幼い頃とさきほど見た情景はやはり間違いではなかったのだ。
杯のルーンが目覚め、大気中の微細な魔力が集まるのを感じる……。
杯の底から魔力がこぽこぽと泡立ち、真紅の液体がにじみ出てきた。
同時に鉄の臭いがエミリアの鼻をつく。
(大丈夫……)
杯の魔力が脈打つが、それ以上の干渉は感じない。
それはエミリアには資格があるからだ。とりわけ、杯に至っては。
「お母さん……」
不安そうなフォードの髪をエミリアは左腕で撫でる。
「ロダンのことは好き?」
「う、うん……」
母の問いかけの意味をはかりきれないフォードが答える。
「私も好きよ。だから、これは必要なことなの」
杯には真紅の液体が半分ほど満たされ、揺れていた。
真紅の液体は純粋なる魔力の産物だ。これを飲めば……魔力が当人へと還元される。
「……っ」
ロダンと精霊の魔力の炸裂は終わっていない。
エミリアは意を決して、杯を傾けて液体を口に含んだ。
真紅の雫は甘いワインに似ていた。
ただ、熱い。
灼熱をまとい、液体が染み込む。
ごくりと喉を鳴らすと、液体が触れて通り抜けた部分がはっきりわかるようだ。
舌と喉を刺激され、液体の熱が身体に宿る。
魔力が――戻ってきた。
欠けた器の中に真紅の液体が注ぎ込まれ、それが活力になっている。
(これが杯の力……)
半ばわかっていたが、凄まじい効能だった。
立ち上がり、深呼吸をする。
大丈夫だ。使いこなしている。
軽く酔った感覚はあるが、魔術は使える。
「ルル……!」
エミリアは再度、ルルへと精霊魔術を行使する。
切れかけていた糸が繋がり、ルルの力が増す。
(……でも時間はかけられない)
戻った魔力は多くない。
万全には程遠い。でも、戦える。
それだけでエミリアは十分だった。
シーズは不思議に思った。
(しつこい男……!)
ロダンはまたもビーバーの一撃に吹き飛ばされ、通りを転がり――すぐに体勢を立て直す。
あのロダンとかいう男は、なぜ何分も精霊と戦い続けることができるのか。
ビーバーの精霊は内包する魔力も申し分ない。戦闘的な身体構造ではないが、ルーンしか使えないような魔術師が戦える相手ではないはずだ。
「いつまでも精霊を盾にはできんぞ」
迫るロダンに思考が割かれ、ビーバーの動きが遅くなりかける。
(ぐっ、私の魔力が……っ)
精密制御をすれば魔力の消費は激しくなる。
実際、適当に誘導するよりもこの数分のほうが遥かに魔力を消費していた。
(まぁ、いいわ。適当なところで切り上げよ。捕まるわけにはいかない――)
シーズが思考を巡らせた、その時。
ビーバーの頭に張り付いていたルルが、羽を掲げた。
「きゅー!」
「……!」
衣のように、薄くも精緻な魔力がルルを包んでいるのをシーズは感じた。
その精密さは……背筋がゾッとするほどである。
(これはあの女の……!?)
「きゅい!」
ペチっとルルがビーバーの頭を叩く。その一発でビーバーの頭から精霊魔術の影響が霧散しかけた。
「……んぅ?」
シーズは慌てて精霊魔術を再構築し、ついにルルを頭から叩き落とすようビーバーに命じる。
だが、ビーバーがルルの頭へ手を伸ばした瞬間――氷の剣を消したロダンが飛び出してきた。
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