205.神経戦
巨大ビーバーの精霊が川から頭を出し、周囲を見渡す。
「んうー?」
低い声で唸るビーバー。
市街地の中心部まで接近したため、建築物も高くなっている。
「きゅー」
ぱちゃぱちゃ……。
そこに現れたのは泳ぐルルであった。ビーバーの頭の先へ、無防備に接近する。
「んーっ……?」
「きゅい!」
川沿いの道からエミリアはルルへと集中して、精霊魔術を使っていた。
(……本来なら精霊魔術の綱引きで、勝つのが一番なんだろうけれど)
だが、精霊魔術の綱引きは精霊そのものを混乱させる可能性がある。
街中で暴れられたら、何のために綱引きするのかわからない。
さらに綱引きに完全に勝利して、ビーバーを市外にまで誘導するとなると大量の魔力を消費する。
今のエミリアにはそこまでの魔力が残っていなかった。
「わぁー……」
フォードがワクワクしながらビーバーとルルの様子を眺めている。
そしてエミリアの足元には杯の入ったケース……ロダンから預けられたものだ。
ロダンは今、エミリアとは別行動で精霊魔術師を探っていた。
「きゅっ、きゅ!」
「んー……」
ルルがビーバーへさらに泳ぎながら接近する。
もしこれが人なら――あまりにも危険な行為だ。悪意ある精霊魔術師の影響で、どんな行動をしてくるかわからない。
だけど精霊は傷つくことがない。
これは精霊同士にも有効なルールである。
ルルなら安全に接近できるし、誘導もできる……。
(向こうが何もしてこなければね)
相手が見えない以上、これは精霊を介した神経戦だ。
「んー」
「きゅい!」
ルルが水面からビーバーの背中に乗り移る。よじよじ……。
今のところ、ビーバーの精霊はルルを拒絶していない。
エミリアの仕事は、あの巨大な精霊を市外まで連れ出すこと。
そこにだけ集中すれば――。
「何なのよ、あの精霊は……!」
シーズは避難区域の中、数百メートル離れたところからビーバーとルルの様子をうかがっていた。
「くっ……!」
あのペンギンの精霊が出てきた途端、ビーバーに対するシーズの精霊魔術が薄れてきている。
拒絶ではなく、純粋に興味が移っているようだ。
これが精霊魔術の困難なところで、精霊は様々な要因で誘導が困難になる。
(あのペンギンの精霊はフォードが連れていた精霊……? あの女が直接、私の魔術に干渉してこないのは――何故かできない理由があるの?)
エミリアと真正面から精霊魔術の勝負をして勝てるとは、シーズも思っていない。
だが、綱引きを仕掛けてこないのは精霊の混乱を懸念しているからだろう。
シーズにとってあのビーバーの精霊が暴れるなら、それはそれで悪い話ではないのだから。
「あなた、周囲は大丈夫でしょうね?」
今、街中でシーズとソルミは仮面をつけていた。
服も変えてあるので、ぱっと見はふたりとはわからない。
「警官の数が増えてきている……。あの精霊が出てきたということは、エミリアが近くにいるんだろう? もう本当に――」
通りの角から顔を出し、怯えるソルミをシーズが蹴飛ばす。
たまらず、ソルミは壁に手をついた。
その無様な様子をシーズがあざ笑う。
「不意打ちでもなければ、あんたなんか怖くもないわ……! そっちは周りにさえ気を付けていればいいのよ!」
シーズは再び、精霊に意識を傾ける。
硬めの体毛なビーバーの背中にルルが乗っていた。
「んー……」
ビーバーの精霊はまだシーズの制御下だ。何かをしてくるにしても、その兆候を捉える自信がシーズにはあった。
「まだよ。市内にもっと入り込ませてやるんだから……」
シーズが手をかざし、ビーバーに改めて命令を下す。ルルを無視して、川から上がるように。
ビーバーは鼻をひくつかせ、命令を受け取る。
ルルへの興味はあるが――ビーバーはゆっくりと泳ぎ、川べりを登ろうとしていた。
きゅきゅい……!
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