195.川から陸へ
杯の核となるルーンはとりあえず破壊できた。
しかしまだ全体にルーンは残っている。
(消せたのは全体の1割くらいかしら……?)
ここまでで、もう作業から1時間ほどが経っている。
全ての作業を今日、ここだけで完結するのは不可能だろう。
今、杯はロダンが持っている。
彼もくるくると回して――。
「大したものだ。魔力の集積とセーフティー部分を集中的に消し去ったのか」
「まぁね、でもまだ作業は終わらないけれど……」
エミリアの意を汲んだロダンがシャレスへ提案する。
「どうでしょうか。とりあえずこの場での作業はこれくらいで。残りはアンドリアでなくても行えるかと思いますが」
「うむ、そうだな……」
シャレスが地下の河を眺める。
「この場所に安置したのは、いざという時は水に含まれる魔力を当てにしてのことだった。海や大河に含まれる魔力はモーガンの遺産も劣化させるはずと思ってな……」
大気よりも水のほうがルーンを速く劣化させる。
もっともそれは諸刃の剣だ。
これほど複雑なルーンを無思慮に劣化させるのは恐ろしい。
爆発、機能の暴走――何が起こるかわからない。
「……まぁ、これは今となっては言い訳に過ぎんがね。ここなら何が起きても安心ではある」
シャレスが首を振った。
今の彼は理解している。あの嵐の杖は海水に浸かってもまだ効果を発揮していた。
ここに安置したのは王都で働くシャレスにとって、ちょうど良かったからだ。
(たまの確認に遠くなく、普段は近すぎもしない……)
シャレスの恐怖と義務感の釣り合いが取れるのが、ここだったのだろう。
ロダンが天井を見上げる。そこには鉄の錆びた板とルーンの気配がした。
「確かに、この地点は相当頑丈なようですね」
「元の領主の隠れ家だからな。街が吹き飛ぶ火薬でも耐えられる。ここより堅牢なのは……王宮そのものか、最新鋭の要塞くらいだ。杯の魔力が仮に暴走しても、軽い揺れしか起こらんだろう」
さすがに諸々の危険は織り込んでここに杯を安置していたらしい。
その辺りの計算はさすがだった。
「ともあれ、安置する理由の大部分はなくなった。残りの作業はここでやる必要がないのはその通りだ」
ということで杯を箱に入れて持ち帰ることになった。
「ふぅ……ルルもお疲れ様。ありがとうね」
「きゅい!」
ルルがたぷんと胸を張った。
焼肉分は働きました、と主張している。
エミリアはルルを抱えて頭からちょっと吸い……帰り支度をする。
もちろん油断は禁物だ。
中核となるルーンは破壊したが、多くのルーンはまだ残っている。
盗まれでもしたら目も当てられない。
「んー?」
ここまで乗ってきた船に乗り込もう、としたその時。
フォードが川の水に手をくぐらせる。
「どうしたの?」
「きゅい?」
「うーん、なんだろう……水がちょっと変わったような?」
言われてエミリアも水中に手のひらを入れてみる。
清涼な水の中にかすかに、脈打つ魔力が感じられた。
自然の魔力ではない。
精霊の持つ魔力だ。大気や水に魔力を残す精霊もたまにいる。
「ああ、これは精霊の気配ね」
「えっ!? 近くにいるの?」
「うーん、どうかしら……? 多分、かなり遠いかな」
本当にかすかな痕跡なのに、フォードはよく気が付いた。
前の件にしてもやはりフォードの精霊探知能力はずば抜けている。
舵の前に立つシャレスがエミリアたちに言う。
「この近くならビーバーの精霊かもしれんな。あの子はよく近くの川で泳いだり、伐採をしたりする」
「へぇー! もしかしてあの子かなぁ?」
「きゅーい」
「また会えるといいねー」
そこでシャレスがロダンに囁いた。
「大した感受性だ。私は全然わからなかったが、君は気付いたかね」
「いいえ。精霊について、あの子には天賦の才があるようです」
「まさに魔術師の家系というべきか」
船が発進し、来た川を戻っていく。
エミリアの仕事の第一段階はこうして無事に終わったのであった。
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