194.荒れるシーズ
エミリアたちが杯に到達する前日、シーズとソルミはイセルナーレを離れようとしていた。
シーズは気絶したまま列車へと運ばれ、ウォリスへと送り返された。
しかし、それにはもちろん一悶着があったわけで……。
目を覚ますなり、シーズは走る列車の個室の中で感情を爆発させた。
「一体全体、どういうことよ!」
シーズはギリギリとソルミの襟首を掴んで、締め上げていた。
苦しさにソルミが顔を歪ませる。
「私に当身を食らわせて、あの女の言いなりになって! しかもこの旅も……あなたが仕組んだことなのね! あなたはどっちの味方なの!?」
強烈な力でソルミの首元が締まっていく。
これでは苦しくて答えようがないが、ソルミは黙ってシーズの言うがままにさせていた。
激したシーズには逆らわないほうがいい。それがソルミの処世術だから。
「あ、あの場でふたりとやり合うのは、賢明じゃないよ」
「答えになっていないわ! ふざけないでっ!」
シーズがそのままソルミの襟首を掴み、壁へと叩きつける。
魔術師として鍛えているシーズの腕力は相当なもの。ソルミも容易には振り払えない。
いや、そんなことをしたら、さらに手が付けられなくなる。
「……殺してやる!」
血走った目で睨まれ、ソルミは薄れかける意識の中で自嘲した。
(それも悪くないかも。僕の行動はいつも裏目に出てばかりだ。僕が死んでシーズが冷静になってくれるのなら……)
シーズから暴力を振るわれてもソルミは受け流してきた。
なぜなら、それが一番だから。
ソルミさえ我慢すれば嵐は過ぎ去る。
今、怒りのままに行動するのは最悪だ。
だったら――死んでも構わない。
シーズに殺されるなら、それでも良かった。
ソルミの意識が落ちる直前、列車が急速に減速する。
「なっ、なによ!?」
まったく考えていなかった慣性力にシーズは体勢を崩し、ソルミへの拘束を緩める。
「まったく、何事……!?」
シーズはソルミを床に投げ捨てる。
床に崩れたソルミが身悶えし、息を整えた。
「げほっ、ぐっ、がはっ……」
『急ブレーキをおかけして、申し訳ございません。次の駅の近辺に精霊が現れました。しばらく徐行しながら――』
シーズは怒りのままに怒鳴ろうとしたが、そこで踏みとどまる。
車内アナウンスが精霊の到来を告げる。
列車に影響するほどだから、相応に巨大な精霊だろう。
「こんなところで精霊……?」
シーズがアナウンスに聞き耳を立てながら、考えを巡らせる。
そしてややあって、シーズがにやぁっと口角を吊り上げた。
「ねぇ、代理人を通しての財産分与は明日よね?」
「げほっ……あ、ああ……」
床に這いつくばるソルミがなんとか答える。
「もう品物は代理人が持っているから、あとは向こうに渡るのを待つだけだ……」
「そうね? でも、それはきちんと渡ればの話よね」
シーズが天井に仰ぎ見る。
「あの女もここに来ている……。そう、もしかして不可抗力で取引が台無しになっても……それは私のせいじゃないわ」
「……シーズ、何を考えているんだ?」
倒れているソルミの襟首をシーズがもう一度、きつく握った。
「運が回ってきたのよ!」
「正気じゃない……。何をしようと――」
シーズは血走った目をソルミへと向ける。
「このままじゃ、絶対に済ませないわ!」
自業自得ながら積み重なった怒り。それらのもはや止めようのない怒りがシーズを支配していた。
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