193.杯のルーン
「きゅーい!」
「ふふっ、よろしくね」
ルルは両腕でエミリアに抱きかかえられ、やる気に満ちていた。
ルーンの消去は繊細な作業である。
通常、精霊魔術と併用するのは困難であるが……エミリアも何度かモーガンの遺産に接して、やり方を考えてきた。
それがルルとエミリアの共同作業、というわけである。
もちろんこのような技法はシャレスとロダンにはない発想だ。
「精霊と一緒に……ロダン、このような業を知っているか?」
「いいえ、私も初めてですが……」
エミリアは息を整え、集中する。
焦る必要はない。
ゆっくりと。
目の前の杯は魔力を消耗していたが、まだかすかに光っていた。
呼吸するように杯の光が明滅する
(多分、大気中の魔力を集めているのね)
光るせいでルーンが読みづらい。
まぁ、製作者としては簡単に壊されないようにしているのだろうが。
エミリアはルルと意識を合わせていく……。
「きゅ」
ルルとはもう繋がった経験があるので、もう一度繋がるのは造作もない。
ルルの羽が杯の表面に触れる。
杯の魔力をルルの羽が掃除して、散らしていく。
これで消すべきルーンの構成がわかりやすくなった。
(ここから消すとまずそうね)
やはりこの杯にもセーフティー機能が組み込まれている。
迂闊にルーンを消そうとすると……他のルーンが即座に起動する仕組みだ。
だが、それは初見でこそ引っ掛かるものだ。何度も有効な手ではない。
「ひっくり返して、裏側からやりましょう」
「きゅーいきゅー」
複雑怪奇なルーンであっても、弱点はある。
(マルテさん、あなたの探求は無駄にはしない――)
エミリアは杖の破片から記憶を呼び覚ます。
あの杖に触れて無事で済む人間はいない。だが、マルテの執念が現代にまで知識を残してくれた。
その感覚を頼りにルーンに触れていく。数分後、エミリアは持ち手の裏側に隙を見つけた。
(これは――なるほど、修復の時に使うのかしら)
どれほど精密なルーンでも完全無欠ということはない。
経年や損傷が重なれば機能を果たせなくなる。
その時に最小の手間で直すため、あえて隙を作ったのだ。
(モーガンなら、もう少し工夫するでしょうけれど)
息を深く吸い、指先の神経を研ぎ澄ませる。
ルルの羽がエミリアの指し示す箇所を的確にパタパタとはたく。
「きゅうん」
散らした跡にエミリアの指が滑り込み、ルーンを消す。
――何も起きない。
セーフティーをくぐり抜けた。
(消せる、大丈夫……!)
ルルの力だけではルーンは消せないが、魔力を一時的に散らすのなら充分だ。
ひとつ、ひとつ。
ルルが擦ってはエミリアが消していく。
「おお、なるほど! そのようにするのか!」
「シャレス殿……」
「ああ、すまん。静かにしなければな。集中を乱してはならんな……」
シャレスがロダンに怒られている横で、エミリアは杯のルーンのセーフティーを完全に麻痺させた。
(よし、あとは……)
すでに作業から数十分が経っている。
だが、あともう少しだ。
核になる部分を――じっとルルの羽から見極める。
全てのルーンを破壊するには時間がかかるが、核さえ壊してしまえば機能はしなくなる。
さらに時間をかけて、エミリアは杯の内側の部分からいくつものルーンを消し去った。
(……ふぅ)
明滅していた杯の光が完全に消える。これで一段落だ。
エミリアは息を吐いて、ぺたりと床に座り込む。
「これで機能はもうしないはずです」
「うむ、うむ……」
シャレスがおっかなびっくり、杯に近付く。
「もう大丈夫かね?」
「はい、そのはずです」
エミリアが杯を手に取り、シャレスへと差し出す。
数瞬、シャレスは迷ったようだが……エミリアを信用して杯を手に持った。
「確かに」
シャレスが反対側の手に持ち替え、くるくると杯を回す。
「もう声も聞こえぬ。魔力もない!」
これまで見た中で、シャレスはもっとも喜んでいた。
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!







