192.破壊の意思
記憶の世界から戻ってきて、一番に気が付いたことはそばにいるフォードだった。
フォードが屈むエミリアにしがみついている。
「お母さん……っ」
「うん、ごめんね。ちょっとぼーっとしてた」
「……本当?」
「もう大丈夫よ」
ルルもフォードのバッグから心配そうな顔をしている。
「きゅー」
「ありがとう」
エミリアは微笑みながらフォードとルルを撫でる。
それでようやく、ふたりも安心してくれた。
エミリアもふわふわした感覚が収まってくる。
肩に手を置いてくれていたロダンに、エミリアは問いかけた。
「……どれくらいの時間が経ったのかしら」
「数分だ」
シャレスは……気丈に振る舞おうとしているが、少し怯えていた。
「見えたのかね?」
「はい……」
どこまで話そうか、エミリアは少し迷った。まさか実家が関係するとは。
(フォードはあの杯の儀式を受けていないけれど……生まれた時にも、私は間違いないわね)
両親も兄もきっと受けている。
エミリアはオルドン公爵家に嫁入りしたから、フォードは対象外ということなのだろう。
ただ、フォードも兄の顔は知っている。そんなに会ったことはないが……。
それでも覚えているかもしれない。
なので、今フォードのいるこの場で見たことを話したくはなかった。
エミリアの様子を察したロダンがシャレスへ進言する。
「何を見たのか、それは後で聞きましょう。話しづらいこともあるかもしれない」
「……うむ」
シャレスの目がエミリアを探る。
頭を働かせるシャレスからは怯えが消えていた。
「そうだな。今、必要なことはこの杯のことだ。この杯のルーンを消しさえすれば、当面の目的は達せられる」
「えっ!? このルーンを消しちゃうの?」
フォードがびっくりして、名残惜しそうに杯を見た。
(フォードにはただ、綺麗に見えるのね)
エミリアやロダン、シャレスにはこの上なく危険なルーンの遺物であるが。
「綺麗なのにねー」
「そうね、でも……そうしたほうがいいの」
「きゅい」
「ルルもお母さんに賛成? そっかー」
エミリアが杯の表面を指でなぞる。
作業の前にひとつだけは言っておかなくてはいけない。
「シャレス殿……多分ですが、この杯はモーガンの真作ではありません」
「信じられんな。これほどの超高密度のルーンが張り巡らされているのに」
シャレスはきっとこの杯に触れている。でなければモーガンと対面することはないからだ。
しかし石板や嵐の杖に比べれば、違いは歴然としていた。
本物を味わった後だと、この杯が見せる光景は紛い物でしかない。
「ロダン、君も同じ見解かね?」
「ええ……彼女の肩に触れた時、感じました。引き込む力が明確に弱いと。しかし現代で再現不可能な技術で作られているのも確かだと思います」
「ふむ……ふたりとも同じ見解か。だとすると――」
シャレスは腕を組み、様々なことを考え始めた。
これが模造品だとして、疑問は多数ある。誰がいつどこで作ったのか。
他にも似たような模造品はあるのか。
(もしかすると危険性もそんなにないのかも? いいえ、甘い考えはできないわ)
エミリアは即座に自戒する。
この杯にさほどの危険はないとしても、他の模造品もそうだという保証はない。
シャレスが眉間を揉む。
「研究価値はあるのかもしれん。だが、ルーンは断固として破壊すべきだ。調べるにしても本体の杯だけでよかろう」
「……賢明なご判断だと思います」
「他に模造品があっても、同様に処置する。例え利用できそうであってもな」
その意見を聞けてエミリアは安心できた。
この点について、シャレスは非常に一貫している。
「わかりました。では、作業に入ります」
と言って、エミリアはバッグに入っているルルを取り出した。
この子がいれば作業は格段に楽になる。
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