191.最初の儀式
エミリアが11歳の時――つまり11年ほど前に兄に子どもが生まれた。
セリド家の後継は元からエミリアではなく兄に決まっており、つまりさらなる後継が生まれたことになる。
その時、これまでで一番盛大な祝いの席が設けられた。
ウォリスの野菜だけでなくイセルナーレやゼルディ共和国の魚が並んだ。
これほど豪勢な食事はエミリアにとって、7歳の時以来である。
しかし、それ以外ではセリド家の祝いは静かな物だ。当主である両親も縁戚の人間も、エミリアも騒ぐような人間ではない。
定められた儀式を守り、遂行する。
セリド家は古くからの継承者である。
慣習を引き継ぎ、次世代に伝える。
それ以外は必要ない。
『考えてみれば、奇妙な家かもね』
その頃にはさすがのエミリアも、自分の家が他とは違うという認識を持っていた。
セリド公爵家の領地は小さく、しかも家の人間は領地経営に関わらない。
これを夜会などで話すと驚愕される。
ウォリスの貴族の常識ではないからだ。
では、どうやって領地経営をしているのかと言うと……王家から代官が派遣され、領地に関する面倒なことは全て代行してくれるのだ。
だから、セリド公爵家には自分で手足となる人間を育てるという観念もなかった。
必要なのは魔術師としての能力のみ。
『必要な時はためらわないように』
『はい』
『素早く、素早く命を奪いなさい』
両親はよくこのようなことを言った。
『セリド公爵家は何者かを滅ぼすためにいる』
『……何者か。それを誰が決めるのですか?』
『今は、ウォリスの王家が。あなたも命令が下ったら、躊躇してはいけませんよ』
兄はエミリアに大きく劣っていたが、それでも同年代の中で兄より優れた魔術師はいなかった。
それがセリド公爵家の全てなのだ。
『あれ……?』
テーブルの中央に5年前に見た杯が置かれていた。
あれから兄の結婚などがあっても杯を見たことはなかった……なのであの杯を見たのは実に5年振りだった。
そして儀式の最後に、両親はまた兄とその嫁、そしてエミリア以外の全員を下がらせた。
何が起きるのか、エミリアはもう知っていた。
前にもこんなことがあったからだ。
ただ、少し違った点もあった。今度は兄と両親の3人が杯を持っている。
『……あの杯と液体は結局、何なのだろう?』
7歳の頃のエミリアは何も知らなかった。
あの杯と似たようなものは、珍しくても存在はすると思ったのだ。
だが、どうやらそうでないらしい。
ついぞ類似品は見かけることはなかったし、話にも聞かなかった。
そうして3人が兄の赤子を抱いて、その口に真紅の液体が注がれていく。
本当に広間は静かだった。
兄の嫁は何も言わないし、エミリアも何も言わない。
ごくり、ごくりと赤子が液体を飲み干す。
そこでふとエミリアは閃いた。
『もしかして、私も……?』
エミリアが赤子の時、同じようにアレを飲まされたのだろうか。
そうだろう、とエミリアは思った。
赤子が泣き出す。
だが、どうやら液体は飲み切ったようだ。
『この儀式は一体……?』
まぁ、でも大したことはないのだ。
誰もが飲んでいるなら、危険のはずがない。
両親が広間にいる全員を見渡し、言う。
『これで私たちの役割も、あとひとつだけだ』
(……あとひとつ?)
『この子が7歳になったら、私たちもようやく――終われる』
祝いの席はその言葉を最後に終わった。
そしてこの7年後、エミリアの両親は死んだ。
オルドン公爵家にエミリアが嫁ぎ、フォードが生まれてそう時間が経っていない日のことだ。
なぜ――疑問に思わなかったのだろうか?
セリド家はごく短命である。
歴代当主とその伴侶のほどんどが30代で――死ぬのだ。
なのに家系は続く。
それはきちんと当主の孫が生まれ育ってから死ぬからだ。
まるでそう、定められたかのように。
『――エミリア』
記憶の世界に白雪が舞う。
冷たく、心地良い雪がはらはらと記憶の世界に。
『ロダン……』
エミリアは頷いた。
今、知るべきことは知った。
エミリアの吐く息が白く溶ける。
この世界にエミリアを繋ぎ止め、拘束するほどの力はない。
今、エミリアの目の前にある杯はやはり模造品に過ぎないのだ。
だとしたら、問題がひとつある。
それもエミリアは認識していた。
シャレスが秘匿していた杯が模造品なら、オリジナルは一体どこに?
決まっている。
『私の実家に、今もあるのね』
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