188.箱の中身
「この箱自体も非常に高価ではある。しかしやむを得ない。引き継いでしまった物を封じるため、私の先祖がやっとの思いで作らせたものだ……」
箱には鍵穴がひとつだけあった。
シャレスが黒い鍵を持ち、震えている。
「ロダン、悪いのだが君が開けてくれたまえ」
「……わかりました」
シャレスから鍵を受け取ったロダンはさすがに、震えはしていなかった。
「開けるぞ」
「うん……大丈夫」
ロダンが屈み、箱に鍵を差し込む。
そのままゆっくりと鍵を回し――あっけなく鍵はがちゃりと開いた。
そのまま蓋を持ち上げ、ロダンは黒の箱を開ける。
箱の中は赤く染まった革が張られ、優美であった。
「……っ!」
革の中央はへこんでおり、そこに目的のものが安置されている。
それは光沢ある銀色に光る金属製の杯だった。
口が大きく、日常使いには不便なもののように思える。
ところどころにきらめくような金の模様と赤の帯が交差していた。
エミリアはその杯を初めて見たはずであるが、どこか引っかかる。
(……この杯、どこかで……?)
「恐ろしい魔力だな」
「え、ええ……」
ロダンの言葉でエミリアが思考を中断させる。
エミリアの記憶力はかなり良い。
それでもすぐ思い出せない、ということは数年以内のことではない。
見たとしてもずっと昔、フォードが生まれる前のことだ。
(まずは目の前の仕事に取り掛からないと)
シャレスが忌避するのもわかる。杯そのものが異常な魔力を内包していた。
例えるなら……そう、霧の中にいるような。ただ、ずっと高温だ。
生い茂った森の中――あるいは、とエミリアは嫌な連想をしてしまった。
(流れ出た血が霧になったとしたら……)
箱は確かに役割を果たしていたようだ。こんな品物を持ち歩いていたら、すれ違う魔術師は絶対に察知するだろう。
「うわー……」
「フォード、大丈夫?」
「……うん、なんだか変な杯だね」
魔力の近くにいるだけで影響はない。不快さからは逃れられないが。
この魔力の密度は相対してきたモーガンの遺産そのままだ。
「ふむ……」
「どうかしたの?」
顎に手を当てているロダンがシャレスを見上げた。
「……不思議ですね」
「なにがだ?」
「エミリア、君も感じないか? これまでとは決定的に違う――」
「……あっ!」
エミリアも言われて気が付いた。
この杯は触れなくても魔力を発している。
これまでの石板や杖、真正のモーガンの遺産は触れなければ発動しなかったはずだ。
だから秘匿されていたし、マルテも危険性を感じなかった。
こんな杯では、専用の箱なしに移動させるのは困難だろう。
「私たちがこれまで接してきたモーガンの遺産は、こんなに魔力を発していません。触らなければまったく、そのようなものだとは感じないはずです」
「な、なんだと……?」
エミリアの説明にロダンも首肯する。
「私もその場にいましたが、ルーンや魔力は極めて高度に秘匿されていました。この杯の魔力、あり方は少し系統が違うように思えます」
「……まさか。しかし、こんな魔力を蓄えた品があるのか?」
「それは……」
エミリアが口を閉じる。
この魔力の密度と量はモーガンの遺産と同等レベルだ。
それも間違いない。
だが、感覚を研ぎ澄まして見ると――こちらの杯はモーガンの持つ不気味さに欠けている気がする。
圧倒的な害意、不可思議なほどの敵意は感じ取れない。
ならば、答えはひとつだ。
ここで話すよりも確実な方法がある。
「わかりました。まずは私が触ってみます」
「……エミリア」
「大丈夫よ、多分ね」
これは確信であった。
あの嵐の杖よりは安全だろうと本能が告げている。
エミリアはフォードの頭を撫で、息を整えた。
肺から息を引き絞りながら、静かに集中する。
数十秒そうして、エミリアは箱に眠る杯を手に取った。
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