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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
3-3 モーガンの杯

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188/308

188.箱の中身

「この箱自体も非常に高価ではある。しかしやむを得ない。引き継いでしまった物を封じるため、私の先祖がやっとの思いで作らせたものだ……」


 箱には鍵穴がひとつだけあった。

 シャレスが黒い鍵を持ち、震えている。


「ロダン、悪いのだが君が開けてくれたまえ」

「……わかりました」


 シャレスから鍵を受け取ったロダンはさすがに、震えはしていなかった。


「開けるぞ」

「うん……大丈夫」


 ロダンが屈み、箱に鍵を差し込む。

 そのままゆっくりと鍵を回し――あっけなく鍵はがちゃりと開いた。


 そのまま蓋を持ち上げ、ロダンは黒の箱を開ける。


 箱の中は赤く染まった革が張られ、優美であった。


「……っ!」


 革の中央はへこんでおり、そこに目的のものが安置されている。


 それは光沢ある銀色に光る金属製の杯だった。

 口が大きく、日常使いには不便なもののように思える。


 ところどころにきらめくような金の模様と赤の帯が交差していた。


 エミリアはその杯を初めて見たはずであるが、どこか引っかかる。


(……この杯、どこかで……?)


「恐ろしい魔力だな」

「え、ええ……」


 ロダンの言葉でエミリアが思考を中断させる。


 エミリアの記憶力はかなり良い。

 それでもすぐ思い出せない、ということは数年以内のことではない。

 見たとしてもずっと昔、フォードが生まれる前のことだ。


(まずは目の前の仕事に取り掛からないと)


 シャレスが忌避するのもわかる。杯そのものが異常な魔力を内包していた。


 例えるなら……そう、霧の中にいるような。ただ、ずっと高温だ。

 生い茂った森の中――あるいは、とエミリアは嫌な連想をしてしまった。


(流れ出た血が霧になったとしたら……)


 箱は確かに役割を果たしていたようだ。こんな品物を持ち歩いていたら、すれ違う魔術師は絶対に察知するだろう。


「うわー……」

「フォード、大丈夫?」

「……うん、なんだか変な杯だね」


 魔力の近くにいるだけで影響はない。不快さからは逃れられないが。


 この魔力の密度は相対してきたモーガンの遺産そのままだ。


「ふむ……」

「どうかしたの?」


 顎に手を当てているロダンがシャレスを見上げた。


「……不思議ですね」

「なにがだ?」

「エミリア、君も感じないか? これまでとは決定的に違う――」

「……あっ!」


 エミリアも言われて気が付いた。

 この杯は触れなくても魔力を発している。


 これまでの石板や杖、真正のモーガンの遺産は触れなければ発動しなかったはずだ。


 だから秘匿されていたし、マルテも危険性を感じなかった。

 こんな杯では、専用の箱なしに移動させるのは困難だろう。


「私たちがこれまで接してきたモーガンの遺産は、こんなに魔力を発していません。触らなければまったく、そのようなものだとは感じないはずです」

「な、なんだと……?」


 エミリアの説明にロダンも首肯する。


「私もその場にいましたが、ルーンや魔力は極めて高度に秘匿されていました。この杯の魔力、あり方は少し系統が違うように思えます」

「……まさか。しかし、こんな魔力を蓄えた品があるのか?」

「それは……」


 エミリアが口を閉じる。


 この魔力の密度と量はモーガンの遺産と同等レベルだ。

 それも間違いない。


 だが、感覚を研ぎ澄まして見ると――こちらの杯はモーガンの持つ不気味さに欠けている気がする。


 圧倒的な害意、不可思議なほどの敵意は感じ取れない。


 ならば、答えはひとつだ。

 ここで話すよりも確実な方法がある。

 

「わかりました。まずは私が触ってみます」

「……エミリア」

「大丈夫よ、多分ね」


 これは確信であった。

 あの嵐の杖よりは安全だろうと本能が告げている。


 エミリアはフォードの頭を撫で、息を整えた。


 肺から息を引き絞りながら、静かに集中する。

 数十秒そうして、エミリアは箱に眠る杯を手に取った。

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