187.小島
「ふむ……なるほどな。しかし、ロダン以外に生体ルーンを使える人間がいたとは」
「シャレス殿からしても、やはり珍しいのでしょうか?」
「無論だ。実戦レベルで使用できる人間は世界でも数少ない……」
シャレスが身体を傾けて舵を取る。
船が大河を進む。
「実は生体ルーンについては、君らが生まれる前に軍でも一時期研究していた。もっとも成果は出なかったがね」
「そのお話は初耳です」
「なに、ほんの短期間で終わった事業だ。君の父上にも協力してもらったが……」
「なら結果が出ないのも道理でしょうね」
かつてエミリアはロダンから『自分の父は大したことがない。君のほうがよほど上だ』と聞いていた。
だとすると生体ルーンも上手く扱えなかったのだろう。
ロダンのやや辛辣な言葉にも納得できる。
「……他国も調べたが、当代で使える人間はほとんどいなかった。ウォリスでも生体ルーンは珍しいのかね?」
「そうですね……ウォリスの貴族で確実に使えるのは兄と私だけだと思います」
決闘魔術師にも生体ルーンらしき技を使う人間はいる。
ただ、直接見ないと確信は持てないが。
生体ルーンよりも、ちょっとしたルーンの装具を隠し持つほうが楽だろうし。
あとは兄もエミリアと同じ漆黒の鏡を使うことができる。
しかし持続時間と鏡の大きさはエミリアの半分以下――エミリアと同じようには使えない。
「ふむ、やはりそうか……。ウォリスでも非常に特殊な技術か」
「……私もこの技術はセリド家にずっと伝わっているとしか聞いていません。ことさらに言うようなことでもありませんし……他の人が使えないというのもウォリス貴族学院に所属して初めて知りました」
改めて考えると妙な技術ではある。
ウォリスで尊ばれるのはルーン魔術よりも精霊魔術であるはず。
こんなルーン魔術の奥義がずっと伝承しているのは不思議だ。
「そうだろうな、この生体ルーンのルーツについては……」
声を低めるシャレスが船の速度を緩めた。
「不完全な仮説はあるが、まずは仕事だ。そろそろ着く」
船が航行していたのは10分程度であろうか。速度からすると、ここはアンドリアのまだ市街地のように思えた。
エミリアが船の先から見ると、鉄板に覆われた島が見える。
島には小さな家が置かれていた。
古ぼけた赤色の屋根、補強にロープが天井へと巡っている。
様式はかなり古いようだ。
ウォリスでももう滅多に見ない、貴族の邸宅――そのミニ版であった。
川はまだずっと続く中で、ここだけ貴族的でありながら、人工的でもあった。
船が島の桟橋に寄りながら停止する。
「ここだ」
シャレスの声がしわがれ、震えていた。
「あの邸宅に例のものがある」
「……はい」
なんとなく、エミリアはこの水路と邸宅の目的を推察していた。
(もしかしてお貴族様の隠し通路……?)
いざという時、水路で逃げるなら追手が来ても安心だ。
手漕ぎの船にしても泳ぎでは絶対に追い付けない。
そしてこの邸宅に物資があれば、なおさら安心だろう……。
そういう目的ならかつて城だったという塔から続くのも納得だ。
全員が船から降りて、邸宅の前に向かう。
魔力の気配は感じられない。
少なくとも今は、まだ。
「少し待っておれ」
シャレスが言って、邸宅の扉の鍵を開ける。
扉には5個も錠前が取り付けられ、異様な雰囲気だった。
「鍵がいっぱいだねー」
「きゅうー」
フォードとルルはのんびりしているが、エミリアとロダンはそうではない。
扉を開けたシャレスが中に入り、少しして戻ってきた。
両手には黒の金属製の箱を持っている。ワインボトルを入れるようなサイズだ。
にしても、この距離でも魔力を感じないのは奇妙だった。
ロダンが静かに言う。
「超高純度のミスリル合金の箱ですか。さすがはシャレス殿ですね」
「……知っていたか」
シャレスの両腕は震えている。
手に持つ箱から逃げたい、というように。
エミリアが眉を寄せる。
「ミスリルにそんな力があった?」
「一般的ではない。ウォリスやイセルナーレでは採掘できない、超高純度のミスリルが必要だからな」
シャレスがそっと箱を床に置いた。
ついに来たのだ。モーガンの遺産の前まで。
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