183.飲んで飲んで
「きゅい」
「ここの人なら、もっと近くで見ても気にならないだろうし……だって」
確かにここの従業員は極めてレベルが高い。
実際、ルル以外は全然気づくことはなかった。ロダンさえも気にしなかったくらいである。
「素晴らしきピットマスター様の技を拝見できるとあれば是非もありません。他の従業員にも見せたいほどでございますが……しかし、その前に」
フロア支配人が指を鳴らすと、仰々しいボトルがワゴンに乗って運ばれてきた。
「ラ・セラリウム産のネレイアスコンテでございます。まずはこちらをお納めください」
「ネレイアスコンテ……!?」
エミリアは目を見開き、ロダンさえも動きがすっと止まった。
ネレイアスコンテは大陸でも名高い希少な赤ワインだ。
ボトル1本あたり最低でも30万ナーレ、日本円で60万円は下らない。
イセルナーレの富裕層でさえ、その珍しさから手に入れることが困難なワインでもある。
首をわずかに傾けたロダンがひそひそとエミリアに囁く。
「……あのラベルなら45万ナーレはするだろうな」
「ごくっ……」
飲みたい。
飲みたい飲みたい飲みたい。
今のエミリアは本気で思った。
アルコールについて、これほどの欲求を感じたことはなかったのに。
ルルの技はそんなに価値があるのだろうか……?
ロダンも拒絶しているわけではない。エミリアたちの判断に従う姿勢だった。
「い、いいわよね?」
「うむ……」
「フォードは? 気になる?」
「んー? 全然。ルルのこれを見ていたいんだよね! わかるよー!」
フォードはむしろルルが注目されて嬉しいようである。
ごくり。エミリアがフロア支配人におずおずと申し出る。
「……じゃ、じゃあ……どうぞ?」
「寛大なる御言葉、誠にありがとうございます」
ということでウェイターやウェイトレスが入れ替わりながら、ルルの業を観察していく。
もちろん従業員も一流の者ばかり。
適切な距離と気配を断ち切る技により、エミリアたちは少しも気にならなかった。
というより用意されたワインのボトルに夢中になっていた。
深く、コクのある酸味。
そこに一片隠された甘さ……口に含むと華やかなダンスホールの中央で光を浴びながら踊っている気分になる。
しかも飽きない。
ソムリエが注ぐたび、新しい楽しさが見出だせるワインだ。
確かにこのワインになら、45万ナーレも納得するしかない。
焼き物はルルが完璧に仕上げてくれていた。その上、ボーナスの超高級ワインまで。
「はふ……」
「美味しいな、この上なく」
ロダンさえもかなりのハイペースでボトルを空けていた。
「はぁー、お腹いっぱーい……」
「きゅー」
「休んでまた食べればいいって? そうだねー」
背もたれ付きの長椅子でまったりするフォード。
エミリアとロダンはその隣で競うようにワインを飲んでいた。
「ロダン、飲むの早くない?」
「……気のせいだ。君こそ無理はしなくていいんだぞ。余ったら俺が飲む」
「なーにー……余らせないわ、こんな素晴らしいワイン!」
宿泊部屋はすぐ下にある。
酔ってもフロア支配人がそばにいるし、問題は起きないだろう。
ということでかつてないほど、エミリアは盛り上がりながらワインを飲みまくったのだった。
「……あー」
気だるさに身体を支配され、エミリアがベッドの中をもぞもぞとする。
昨夜は本当に飲んだ。
酒に強いのも考えものである。飲めてしまうから。
頭は痛くない。
ただ、ゆるやかな倦怠感があるだけ。
大丈夫。このベッドは宿泊部屋のベッドだった。
ちゃんとエミリアはフォードとルルを連れてこの部屋まで帰ってきたのだ。
そこまで覚えている。
「ん……?」
腕の中の硬い感触にエミリアは首を傾げた。
フォードにしてはあまりに筋肉質。
ルルならもっと、ふわふわのはず。
じゃあ、これは……。
(なに、これ?)
動かない頭を軽く持ち上げて、エミリアが現状を認識する。
「はえ?」
そこにはロダンが寝ていた。
「きゅいー」
「うーん……」
ベッドの反対側では、フォードとルルがロダンに抱きついて寝ている。
「……えーと」
そしてエミリアは肌着姿でロダンに思い切り抱きつきながら、寝ていたのだ。
あっあー……。
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