181.バーベキュー

　ルルがそっと取り皿に焼けたステーキを移す。

「おー……！　いい匂い！」

　フォードの言葉にルルが胸を張って頷く。

　

「カットは俺がやろう」

「きゅっ！」

　ロダンがフォークとナイフを手に取り、優雅にステーキをカットする。

　エミリアはその間に持ってきたソースを分けてみた。

　仕事が少ない気がするが、次のカットは自分がやろうと心に決める。

　ビッフェスタイルだけあって、ソースも様々な種類が用意されている。

　オーソドックスなバーベキューソースは酢、トマト、胡椒……そして秘密のスパイスが加えられているらしい。

　他にはガーリック、オニオン、マスタード、クリーム、さらにはわさび醤油まで置いてあった。

　ただしエミリアにとって醤油は特別な品であり、わさび醤油については幾分か懐疑的である。

（……ものは試しってやつよね。この世界で前世と同レベルの醤油が出てくるとは期待してないけど）

　カットされたステーキが行き渡り、精霊に感謝を捧げ――食す。

　もぐもぐ……。

　炭火で焼かれたステーキからぎゅっと肉汁があふれ、野生の旨味が頬の中で炸裂する。

　

　濃厚なバーベキューソースはほのかな酸味と辛味があり、驚くほど牛肉に合っていた。

　ルルの焼き加減も素晴らしい。火が通っていながら、中はしっかりと赤身を残している。

「うーん……っ！」

　分厚いステーキを噛み切る時こそ、肉を食べる楽しさを感じることができる。

「はい、ルル……どうぞ〜」

「きゅいー！」

　ルルは両羽にトングを持っている。

　なので、フォードがそんなルルのくちばしにステーキを運んでいた。

「きゅーい！！」

　ふにっとルルが軽く飛び上がる。

　どうやら自分でも大満足らしい。

　ロダンもステーキを食べて、頷く。

「ふむ、わさび醤油も中々のモノだな。思った以上だ」

「いきなりそこから試したの……？」

　意外にもロダンは定石を外してわさび醤油から始めたらしい。

「醤油は肉にも合うぞ。大豆のソースでありながらガーリックやオニオンに勝るとも劣らない」

（それは知ってるけど……！）

　日本人は何にでも醤油を使う。

　もちろん肉にも。すき焼き、しょうが焼き、丼ぶり……。

　エミリアはロダンに先にわさび醤油を試され、ちょっと負けた気分になる。

　こうなったら自分も試すしかない。

「次はじゃあ、わさび醤油で……」

　もう一口と本能が次のステーキを急かしている。

　薄めの肩ロースをフォークで取り、わさび醤油へ。

　したたる黒の滴を見つめながら、ぱくりと口に放り込む。

「んっ！　んんっ！」

　やや塩味が効いている中に、わさびのピリっとした刺激。

　柔らかめな肉の香りが慣れ親しんだ大豆の旨味に包まれる。

　まろやかな風味と味の濃い肉が絶妙にマッチしていた。

（ちゃんとわさび醤油だ、これ……！）

　エミリアも驚かざるを得ない。

　これまで醤油は何回かチャレンジしてきたが、これはしっかりと醤油だった。

（……ホタテ、エビ、カニはもっと素晴らしくなるのでは？）

　ルルがステーキを取り皿に分けて、網の上がすっかり綺麗になった。

「きゅい……！」

　次は野菜、それに水産物。

　キャベツ、パプリカやオニオン、ニンジンが網の上に置かれる。

　そしてホタテ、マテ貝、エビなど……カニの出番は次のようだった。

「ジュースも美味しいねー」

　熱いものを食べていると水分が欲しくなる。

　フォードがベリージュースを飲み切ったので、ついでにエミリアも他の飲み物を頼もうとする。

「フォード、次は何飲む？」

「このマンゴージュース飲みたーい！」

「きゅー！」

　網に向き合い、トングを振るいながらルルもマンゴージュースを所望する。

「あなたは？」

「白ワインのボトルを貰おうか」

　ロダンも乗り気になってきたらしい。

「じゃあ、私はホップのきいたビールを貰おうかしら……」

　野菜や水産物にはしゅわーっとするビールもよく合う。

　今日はとことん飲んで食べたい気分だ。

　……それがまさかの失敗に繋がるとも知らず、エミリアはぱかぱかとハイペースで飲み進めてしまっていた。