179.アンドリアのスタイル
それからエミリアも手早く本を借りた。
古典的名小説である『船乗りから始まり後に艦隊提督になったオルヴァン・テイルズによる、未知の世界への旅行記録』だ。
略して『テイルズ旅行記』である。
(途中までは読んでいたのよね……)
この小説はエミリアの子どもの頃から、すでに評価の確立していた小説だった。
なにせ刊行は200年近く前である。
しかし何故だか、エミリアはこれを途中までしか読んでいなかった。
こうした本を読む、今回はいい機会だろう。
「僕はこれにするー」
フォードが手に取ったのはアンドリアの民話、伝説が収録された絵本だった。
とても良いチョイスだ。
さらに数冊の絵本を借りて受付で手続きをする。
部屋の鍵の番号と引き換えに本を借りる。返さないとチェックアウトできない仕組みだ。
エミリアの手続きが終わり、ロダンの番になる。
「あれ……?」
受付の男性が困惑の表情を見せた。
エミリアとロダンの部屋が違うからだ。
「すまない、部屋は別なんだ」
「あっ、申し訳ございません。てっきり……」
端から見れば、ふたりは夫婦に見えるかもしれない。
エミリアはふとそんなことを思った。
平日に最高級のホテルに来て、年頃の子どもまでいて。これで友人だなんて、確かに思えないだろう。
受付の男性が深々と頭を下げる。
「……大変失礼いたしました。番号を控えさせて頂きましたので、これで貸し出し手続きは完了でございます。どうぞ、お持ちになってくださいませ」
「ありがとう」
「知恵の精霊の加護がありますように」
図書館で過ごしていたのは、かなりの時間であった。
気が付かないうちに夕方になっている。
塔のステンドグラスから柔らかな、果実めいた赤色の夕日が差し込む。
「夕食にするか」
「そうね、もうさすがに食べられるわ」
「うん、色々と見てたらお腹空いてきたね」
「きゅい〜」
ロダンがふむと腕を組む。
「普通のレストランも当然あるのだが、ちょっと変わったレストランもここにはあるぞ」
「どんなのー?」
フォードが首を傾げると、ルルも一緒になって傾いた。
「バーベキューとかいう、自分で焼くスタイルだ。最近、他国ではかなりの人気らしい……」
「自分で焼くの? おもしろそうっ!」
「きゅい!」
バーベキューはイセルナーレでは当然、一般的ではない。
特に都市部でそんなことをしたら何がしかの法に触れるくらいだ。
もちろんウォリスでもバーベキューは一般的ではない。
それどころか伝統あるウォリスの食文化を破壊する、悪魔の所業と見なされている。
もしウォリスの貴族でバーベキューが趣味です、と言おうものならすぐに爪弾きにされてしまうだろう。
しかしだからこそ、フォードには価値があるというものだ。
(レストランは王都にもたくさんあるし……ここならではのアクティビティをやるのもいいわね)
「どうだ、エミリア?」
「いいんじゃないかしら、楽しそうね。ロダンは経験あるの?」
「野外でのサバイバルなら……少なからずな」
ということで荷物を置いて向かったのは、三角柱の塔の屋上であった。
高めの柵が張り巡らされた屋上の中央部分がバーベキューレストランになっているのだ。
いわゆるグランピングみたいなものだとエミリアは即座に理解した。
広大な敷地が区画分けされ、バーベキューの道具が置かれている。
まだ夕方なので人は少ないが、それでもすでに10組ほどがバーベキューを楽しんでいた。
さらには数卓にひとり、ウェイトレスも控えている。
さすが超高級ホテルのバーベキュー。これなら未経験でも安心だ。
もっともバーベキュー本来の趣旨からは外れてしまうかもだが……。
食材はビッフェスタイルで皿から好きに取っていい、という構図だった。
「きゅいー……!」
夢のような光景にルルが羽をもみもみする。
そこには水産物のみならず肉類も豊富に取り揃えていた。
アンドリアの豊かな草原と水の生み出した名産の牛。
さすがのエミリアも興味を惹かれざるを得ない……。
らんらんと白い脂の交じった牛肉が、取り出され焼かれるのを待っているのだ。
「船医から始まり後に複数の船の船長となったレミュエル・ガリヴァーによる、世界の諸僻地への旅行記四篇」こちらがガリヴァー旅行記の正式タイトルです。
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!







