176.話を聞いて
エミリアはホテルのボーイによって宿泊ルームに案内された。
最上階である20階からの眺めは素晴らしく、薄い灰色の内装は落ち着いていて申し分ない。
(……はぁ)
エミリアは荷物を所定の位置に置いてもらうや――フォードとルルを抱えて、どかっとベッドに寝転んだ。
部屋に到着して、あの義父母と離れてからエミリアは自覚する。
やはり、あの場では冷静でいられなかった。
「お母さん、大丈夫……?」
「うん、ごめんね。大丈夫だよ」
フォードの気遣いが心に痛い。
息子は祖父母について、多分……ほとんど何も思っていない。
これまでも全然、触れ合わなかったからだ。
「きゅーい」
「……ルルもありがとう」
ルルから腕をぽむぽむとされ、エミリアの心も立ち直っていく。
「ねぇ、お母さん……? お祖母様とお祖父様は何しに来たの?」
どう答えようか、エミリアは迷った。
エミリアもしっかりとした答えを持っているわけではなかったし……聞いてもそれが真実か確かめようがない。
(あのふたりは、平気で嘘をつくからね)
それがこの5年ほどの終わった結婚生活でエミリアが学んだ、シーズとソルミだ。
ふたりは都合が良いように何でもねじ曲げてしまう。
答えを考えているエミリアに、フォードがおずおずと尋ねる。
「……ウォリスに戻ったりしないよね?」
「それはないわ、絶対に」
エミリアはフォードの黒髪を優しく撫で、おでこにキスをする。
フォードを取り返しにきたとか、エミリアを呼び戻すとか、あのふたりがそんなことをするとは全く考えられない。
(どうせ身勝手な理由で、ほいほいイセルナーレに来たのに決まってるわ……)
「そっか、よかった……」
フォードが心底ホッとして息を吐く。
息子もウォリスには戻りたがってない。だからエミリアも絶対にウォリスには戻る気がなかった。
少しして、部屋にノックがされる。
エミリアが扉に向かうと、ロダンの声がした。
「大丈夫か、話がしたい」
「ええ、もちろんよ」
エミリアも肩の力がようやく抜け、扉を開ける。
ロダンは平静そうだが、エミリアはなんとなくそれが見かけだけであると感じた。
フォードはベッドでルルと戯れている。
「ベッド、ふかふかだねぇー」
「きゅー」
ルルが枕カバーに頭と羽を突っ込んでいた。
枕の感触をテイストしているらしい。
(……あのふたりは大丈夫かな?)
部屋は充分広い。
エミリアは部屋の端に椅子を持ってきて、フォードから離れてロダンと話をすることにした。
(クール、クールに……)
部屋のティーポットから紅茶を用意して、席に着く。
ローズマリーの爽やかな香りが漂う。
秋めいた穏やかな日々にふさわしい、軽快さだ。
「……まずはごめんね、あのふたりのことを押し付けちゃって」
「構わない。どういう経緯であの場にいたのか、俺もしっかりと知っておきたかったからな」
それがエミリアを想ってのことで、ロダンがそう形容してくれるのが何よりもありがたい。
「まず、これらのことはソルミから聞いたことで裏付けを取ったわけではない。事実かどうか、現時点では判断できかねる部分もあるのだが――」
ロダンはソルミの説明をほぼ、そのままなぞった。
もちろん「フォードには正当な権利がある」うんぬんの下りも、その通りに伝える。
それがエミリアを怒らせるとロダンはわかっていたが……。
「……っ!」
エミリアはロダンからその辺りの言葉を聞いて、頭がかっと熱くなるのを自覚した。
どの口がそんなことを!?
……抑えろ。抑えて、抑えろ。
ロダンに食ってかかるのは間違いだ。だけど、本当に冷静でいるのが難しかった。
テーブルの上で手を震わせるエミリアの様子を見て、ロダンがそっと手を重ね合わせる。
ひんやりと冷たい。
ロダンの凍える魔力が伝わってくる。
燃え上がりそうな心がゆっくりと鎮火していく。
「ありがとう……」
「気にするな。俺も奴の首元を掴んだくらいだからな」
「えっ?」
「あまりにも苛立ったから、冷静ではいられなかった」
ぷいと横を向くロダンにエミリアは少し笑ってしまう。
いつもクールな彼にしては、本当に珍しいことだった。
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