169.アンドリアへ
精霊が線路からどいてくれたことで、列車の運行が再開される。
エミリアたちは個室へと戻っていた。
フォードはベッドに寝転がりながら、ルルを抱いている。
「すごかったねー、ルル!」
「きゅ!」
「でも、何を話してたんだろう?」
「きゅい」
この辺りのベストなお野菜情報を交換してました。
ふにふにとルルが頷く。
「……お野菜情報?」
「精霊は好きなだけ食べていいからね」
ソファーに腰掛けているエミリアが答えた。
精霊は畑から農作物を無断で無制限に拝借してよいことになっている。
もとい、勝手に食べていく。
精霊を止めることは不可能だからだ。
エミリアの隣に座るロダンが頷いた。
「お金は国が支払う」
「へぇー! そうなんだねぇ」
まぁ、ルルの食費も当然エミリアが負担しているのだが……。
「きゅー」
日々、お世話になっています。
とルルが頷く。
「にしても……気になったのは、その次だが」
「やっぱりロダンも?」
お野菜情報の交換――精霊の井戸端会議はそのようなものだろう。
スーパーのセール情報を言い合うのと変わらない。
しかしルルが指図して、確かに巨大精霊が従ったように見えた。
「精霊は基本的に、気ままな存在で序列があるはずないのだが……。イセルナーレの大学ではそう習う」
「ウォリスでも、もちろん同じよ」
精霊の序列はこれまで様々な議論が積み重ねられてきた。
だけど、結論は出ている。精霊に序列はない。
(もしあったら、世界のバランスが変わっちゃうかも……)
精霊魔術のルールに、対象は常にひとつというものがある。
どんな精霊魔術師でも複数の精霊と同時に繋がることはできない。
エミリアもそうで、これは精霊魔術の根本だ。
さらに精霊から精霊に繋いだり、統率したりもできない。
精霊に序列がなく、集団を形成しないからである。
精霊には他の精霊に従うという概念がないのだ。
「しかし羽で線路の外を差したのを序列と言えるかどうか……」
「……そこなのよね」
あれは――単にお願いしただけなのか?
賢いルルの言葉に軽く同意しただけなのか。
それとも命令と言えるものだったのか。
「きゅー♪」
「ふわふわ~……」
フォードがルルのふわふわお腹をぷにぷにしている。
「幸い、あの場にいた人間は何が起きたかはわかるまい」
「位置的にルルの動きが見えていたのは私たちだけだからね」
「とりあえず、深く考えるのは止めておこう。他の精霊がいなければ、実証もできん」
ということで疑問を残しながら、ルルについては棚上げになった。
ベッドに仰向けになったフォードが両手でルルを掲げる。
「ぐいーん」
「きゅっ、きゅー♪」
高い高いされ、ルルが喜んでいる。
偉い存在のようには見えない。可愛さしかない。
精霊騒ぎですっかり眠気が覚め、エミリアたちはそのままアンドリアへと近付いていく。
窓の外には民家が増えてきた。
色合いは王都よりも幾分か地味だが、それでも赤や青、オレンジの屋根が目を引く。
アンドリアは川の交差地点に生まれた都市である。
水運と豊かな水資源により、古くから学術都市としても名高い。
アンドリアの中心はまさに、4本の川の結節地にあたる。
列車からも今まさに2本の川が見える。
水量豊かで、穏やか。
アンドリアを慈しむ母なる水だ。
秋の太陽を受け、川がまぶしく光る――川には漁船や貨物船が行き交っていた。
そのまま列車が軽く持ち上がり、鉄橋を走る。
「橋だ~!」
フォードには橋も珍しい。
エミリアも川の美しさにうっとりと見入ってしまう。
やがてアンドリアの象徴、アンドリア中央大学の建物が見えてきた。
中央大学は三角柱の高層建築であり、20階もの階層を誇る。
磨き上げられた銀色の壁に川から反射する光がこれでもかと映り込む。
人が築いた知の象徴。その足元の駅を目指して、エミリアの乗る列車は走っていった。
精霊は食べ放題です。
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