167.甘く、髪を
エミリアの肩を掴むロダンの手は優しい。
そこにあって、動かないようにしてくれている。
そしてロダンはエミリアの肩から手を離さない。
いきなり動き出してもいいように、だろうか。
数十秒、エミリアはそのままでいた。
ロダンの胸に包まれて。
胸の奥が疼く。
ただ彼がすぐそばにいるだけなのに。
本当にただ、それだけ。
アナウンスは何度も繰り返され、不測の事態を詫びる。
それだけがエミリアを現実に繋ぎ止めていた。
「……どうする?」
エミリアの頭の真上からロダンの声が降ってきた。
当然だけど、声の聞こえ方がいつもと違う。
少し戸惑う。
しっとりとした彼の低い声が、エミリアを酔わせようとしていた。
それが自覚できるからこそ、戸惑う。
ほんのちょっとだけ。
頭では理解している。
すぐ近くにフォードもルルもいるのだ。
だけど身体の芯がロダンに――目の前の彼に引き寄せられているようだった。
「どうするって?」
口に出してから何を聞き返しているのだろうと思った。
わかっているのに、繰り返してしまった。
ロダンはこの精霊の騒動をどうするのかと聞いているのだ。
出ていって手を貸すのか、列車が動き出すまで待つのか。
普通なら飛び出して行くところだが、今回はどうなのだろう。
出来る限り内密にしたほうがいいのかも……。
いつもより遥かに遅くなっている思考をエミリアはまとめようとする。
そこにロダンの次のささやきが響いてきた。
「わかっているだろ……」
なぜだかロダンの声が甘く聞こえる。
ロダンの右腕が動いて、エミリアの首元の髪に触れた。
……くすぐったい。
でも今さっき意味もなく触れた手前、嫌だとは言えなかった。
それに嫌悪感は少しもない。
柔らかな、きめ細かいロダンの指に触れられて。
嫌なことなど何もないのだから。
「ふきゅー……」
ルルがむくりと顔を上げる。
「きゅい?」
私のお昼寝を妨げるのは誰ですか。
ルルがアナウンサーの声のする方向に頭を向ける。
と同時に、ぱっとロダンがエミリアから手を離した。
「うーん……お母さん?」
フォードも寝ぼけまなこを擦りながら、上半身を起こす。
すすっ。
その時にはエミリアとロダンはもう距離を空けて半身を起こしていた。
「起きちゃったのね、フォード」
「んー……うるさかったから」
意識を傾けると列車のアナウンスは結構な音量だった。
確かにこれでは寝ていられないか。
「きゅきゅい」
「えー? せいれい? えっ……!? 精霊が近くにいるの!?」
フォードがぱっと顔を上げた。
その顔は期待で輝いている。フォードはアナウンスを一周聞いて――。
「本当だ! ねぇ、精霊が来たの!?」
「どうやらそうみたいね。線路を塞いじゃっているみたい」
エミリアはフォードに微笑みながら、乱れた黒髪を後ろ手で直す。
フォードがエミリアにせがむ。
「見に行こうよー!」
「……そうね」
エミリアがちらりとロダンを覗き見る。
彼は平常だ。
エミリアと同程度に、平常心だった。
「問題はないだろう。この辺りなら、そう目立つこともないしな」
「どういう意味?」
「アンドリアは精霊に対して、王都とは違う感覚を持っている。精霊をありがたいもの、信仰するものとして受け取る気持ちがまだまだ強い。精霊が出たならば、人も集まってくる」
「へぇ……結構違うのね」
ウォリスには精霊信仰はあまりない。
あくまで精霊は魔力の結晶体、魔術の媒介という感覚があるからだ。
単に傲慢で敬っていないだけ、というのもあるが……。
「線路から立ち退いてもらうにしても、人混みからすれば大丈夫。できるだろう?」
「ええ、もちろんよ」
要は目立つな、と。
やはり少しは人の目を気にしたほうがいいらしい。
「じゃあ、すぐ行こうよー!」
フォードはとても乗り気だった。精霊が大好きなのだ。
ということで4人で列車から外に出る。
外は秋の晴れ間が広がり、心地良い風が吹く。
ちょっとだけ風が軽く、渇いて感じるのは海から離れたからか。
もうロダンの立つ位置はいつもと変わらないところにまで、戻っていた。
ケーキもコーヒーも甘い物が大好きです。
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