165.添い寝
「きゅー……」
ルルはもぞもぞしながら、顔をロダンの髪の毛に突っ込んでいた。
さらに羽でロダンの顔をぺちぺち……。
ロダンが青い瞳をエミリアに向け、小さく聞いた。
「これは何をしている……?」
「きっと感触を楽しんでいるのね」
ルルはほわほわのぬいぐるみボディーだ。
そして自身もつやつや、ぷにぷにのモノに目がない。
「……楽しいのか?」
「楽しいんじゃない?」
ルルはもにもにとロダンの頭に顔を寄せている。
よく整えられ、流麗なロダンの銀髪はルルのお気に入りになってもおかしくない。
「髪を乱されるのは嫌?」
「そんなことはないが。むしろ俺の髪でそんなに楽しめるのかと思ってな」
「うーん、いい髪だと思うけど」
エミリアは何気なく、頭をロダンのほうに向けた。
身体をベッドに横たえて……。
そしてほとんど何気なく、ロダンの髪に手を伸ばし――はっとする。
友人の髪に触れるのは一般的な行為ではない。前世でもこの世界でも。
それがルルの行動でふっと緩んでしまった。
ロダンがごろんと頭をこちらに向ける。
青い瞳にエミリアの黒が浮かび。
今、彼の瞳に映るのはエミリアの顔だけだった。
さらに距離が近付いてきた……気がする。
「構わないぞ。初めて触れるわけでもないだろうに」
言われて、エミリアはそのまま手を伸ばしてロダンの髪に触れる。
ふわりとして柔らかい。
ルルの羽がほわほわなら、ふわふわだろうか?
艶やかでありながら手に馴染む。
何度かロダンの髪に触れたことはある。
でも用もなしに触れたのは、今日が初めてだった。
「前に触ったのは、いつだったかしら」
「俺が熱を出して君が看病してくれた時だ」
エミリアが覚えていないほどの記憶を、ロダンはよく覚えている。
でも、とエミリアは思った。
「その後の決闘で、触ったような……」
「あれは【掴んだ】というんじゃないか? 痛かったぞ」
「……そ、そうね」
じぃっと睨まれ、エミリアは視線をそらす。
それでもエミリアはロダンの髪から手を離さない。
とても良い触り心地だった。
ロダンの留学生時代には思ってもみなかった感想だ。
それはきっと――ロダンも同じかもしれないが。
あの時はまさか、異国の地でこんなにも近くにいるとは思っていなかった。
そっとエミリアはロダンの髪から手を離し、向けられていたルルの下半身を撫でる。
ふもふもながら、もっちり感がする。
「最近の生活は大丈夫か?」
「お陰様でね」
「あなたのほうこそ、どう? ちゃんと休めてる?」
「ほどほどにはな。最近、少し面倒が増えているが……」
「どんな?」
相変わらずルルはロダンの髪を堪能していた。
「逃げ回ってきた夜会や社交の場に、そろそろ出て回れとせっつかれている」
「ああ……なるほど」
王都守護騎士団の職務を口実に、ロダンは貴族的な付き合いを制限してきた。
ロダンの礼儀作法、立ち振る舞いは完璧だ。
さらには冴え渡る美貌――どの夜会でも注目を浴びる。
しかし彼はそういったことを好まない。
出来ることと好むことは別である。
そのため、イセルナーレの社交界ではロダンを呼ぶことがステータスになっているほどだ。
なぜ、ロダンは貴族的な付き合いを避けるのか?
人嫌い?
それは違う。今も、エミリアに触れるのを許した。
騎士団の人と仕事をしている時、ロダンは明確にやりがいを感じている。
金銭?
それも違う。
カーリック家の裕福さはイセルナーレでも有名だ。
わかりやすい理由がないから、人は噂する。
なぜロダンは社交界に来ないのか?
その理由をエミリアは知っている。
(父親と同じになりたくない、から)
それがロダンの根底にある。
貴族社会の一側面が母であるマルテなのだ。
絢爛豪華なシャンデリアの遥か下、カローナ海の水底にマルテは沈む。
今も、これからも。それをロダンが忘れることは決してない。
あるいは恐れているのかもしれない。
貴族になり過ぎてしまうことを。
「騎士団長になって数年、確かに職務を理由にするのも苦しくはなってきた」
「さすがに慣れてきたものね」
「だが、ああいうのは面倒だ……」
エミリアは貴族同士の付き合いについて、悪いイメージはなかった。
社交のある夜は魔術訓練で両親に叩きのめされなくて済む。
魔力を使い切る、というのは慣れてもつらいものだ。
夜会は美味しいものを食べて、終わったらさっさと寝ていい日。
だから貴族的な付き合いを面倒や嫌いになることはついになかった。
「それなら私がついていきましょうか?」
「……いいのか?」
「たまーの話でしょ? それに数時間付き合うくらい、なんてことないわ」
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