162.特別列車での料理
特別寝台個室は非常に快適だった。
ソファーもある。ベッドもある。テーブルもある。
空間的にはやや狭くはあるが……。
(本当にちょっとしたホテルの部屋並みよね)
内装の豪華さ、それに圧倒的な揺れと騒音の少なさは狭さを補って余りある。
窓ももちろん大きく、部屋の中から景色も存分に楽しめた。
さすが、ひとつの車両で4室しか用意していない最上級の部屋である。
「イセルナーレに来た時となんか違うねー」
さすがのフォードも窓に貼りつくようにして外を見ている。
何気ない疑問にロダンが答えた。
「ウォリスに通じる路線ではないからな。来た時とは全然違う道を走る」
「へぇー! いくつも道があるの?」
「今、10個ほどの道がある」
「10個もー! すごいねー、ルル!」
「きゅ!」
ちなみにルルもフォードの膝から窓にべちゃあ……と張りついていた。
もし鉄道の外にいる人がこの窓を見たら、謎のペンギンが見えるに違いない。
自分ならびっくりするだろうなとエミリアは思った。
それから頼んであった豪勢な食事がやってきた。
さきほどとは別の、若いウェイトレスが料理の説明をしてくれる。
まず、最初の器には白い切り身が並べられていた。
あとは付け合わせのソースの小鉢が少々。
「こちら、シイラの盛り合わせになります。東方のテイストを組み込み、さっぱりと塩で味付けされております。砂糖を煮詰めたソース、特製マスタードとともにどうぞお召し上がりください」
「きゅい」
要は欧風のお刺身だった。
シイラは西日本でよく捕れた気がする。
ナイフとフォークを持ったルルがシイラの切り身を見ながら、目をキラキラさせていた。
「……次にマグロのテールステーキです。濃厚なトリュフソースとともにお楽しみください」
「きゅい……!」
ぜひとも、そういたします。
ルルは力強く頷いていた。
ウェイトレスの頬がぴくぴく痙攣しているのをエミリアは見逃さない。
吹き出しそうになるのを我慢しているのだ。
しかし、誰がこのウェイトレスを責められよう。
ということで料理が並び、食べ始める。
まずはシイラの盛り合わせから。
鮮魚の刺身はイセルナーレでは多くない。
カルパッチョなどはよくあるが、それを刺身とは認めたくない気分がエミリアにはあるのだ。
刺身は刺身、カルパッチョはカルパッチョ。
これはかなり譲りたくない一線である。
「はむ……っ」
まずはそのまま一切れ。
白身には塩だけでなく、酢も加わっていた。
凝縮された脂と旨味と、わずかな筋。
まさに白身魚という味わいに、ミネラルを含んだ塩味と野性的な酢の香りが漂う。
(……締めてあるという感じかな?)
塩も多分、普通の塩ではない。
それゆえにこれだけで――噛むほどに旨味があふれる刺身として成立している。
特に生臭さと血合いを感じない。
これは素晴らしいバランスだ。
「うーん、美味しいね……!」
「きゅい!」
次は砂糖を煮詰めたというソースで一切れ。
(これは……てりやきソースっぽい?)
濃密な甘さと塩によって、甘じょっぱさに姿を変えている。
なかなかのアレンジだ。もぐもぐ……悪くない。
「ふむ、中々のオリジナリティだ」
「ロダンはこういう料理は結構、経験ある?」
「東のほうや港町でかなりあるな。ソースの完成度はさすがにこちらのほうだが」
シイラの切り身を噛んで飲み切ったフォードがロダンに聞く。
「王都ではあんまりないよね?」
「生魚は専門のところじゃないとね……」
寄生虫もそうだが、血合いをうまく取り除かないと刺身は良くならない。
そういう意味では王都でも鮮魚の刺身は難しいところがある。
もちろん食中毒を起こしたらイセルナーレでは罰則が下される。
なので、売る側もやりたがらない。
「……こっちは大丈夫か?」
マグロのテールステーキはかなり分厚く、ルルの大きさだと切り分けるのに大変かなと思っていた。
ロダンも同じことを思っていたらしい。
「切ろう」
「きゅっきゅい!」
ロダンはすっとルルの皿を手にし、すすっとステーキを切り分けて戻す。
どこまで行っても優雅さを失わない。
「きゅー!」
お返しにルルがテールステーキをフォークでぶっ刺して、ロダンへ差し出す。
「……頂こう」
遠慮するほうがマズいと思ったのか、ロダンは大人しくルルの差し出したステーキを口にする。
その様子にエミリアとフォードはほっこりとするのであった。
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!







