161.スイートクラブ
スイートクラブは移動する高級ホテルである――。
と評したのはイセルナーレの観光ガイドブックであった。
先頭から2両目、4両目から6両目までは寝台車であり、ふかふかのソファーとベッドをあつらえている。
もちろん内装は革張りで調度品も品良く、大人から子どもまでゆったりと楽しめる。
3両目と7両目はダイニング車両であり、豪勢な食事を景色を眺めながら楽しむことができる。
無論、高額のサービス料金を払えば個室に料理を届けてもらうことも可能だ。
「きゅい」
ルルはソファーにどーんと腰掛け、パフェグラスに入った紫色の液体を揺らす。
マスカットの房とリンゴがグラスを彩り、風格を添えていた。
くいっとルルがくちばしにパフェグラスをつけ、傾ける。
天上の滴がルルの口内を満たし、至福の甘さと苦みが渾然一体となって喉を通り抜ける。
「いかがでございますでしょうか? 当車両の看板メニュー、トロピカルぶどうジュースでございます」
老練のウェイターが用意したドリンクにルルが重々しく頷く。
「……きゅい!」
「とっても美味しいって」
ルルの隣のフォードが通訳する。
その答えに満足したウェイターがお辞儀しした。
「ありがとうございます。スイートクラブでのご旅行を心ゆくまでご堪能くださいませ」
すすっとウェイターが部屋から下がる。
ルルはぽよぽよしながら隣のフォードにパフェグラスを手渡した。
フォードがルルをちょっとまねながらジュースを飲む。
「なんだか慣れてたね、ルル」
「きゅー」
実は、適当です。そんな感じにルルが答えた気がする。
それよりエミリアから見ても、ウェイターはプロ中のプロだった。
謎めいた精霊に動揺することなく、仕事をこなして去っていったのだから。
(私なら……目をぱちくりぐらいはさせるかも)
わずかな揺れと汽笛とともに、列車が走り出す。
防音材のおかげか、音が小さく聞こえる。
「さて、ここからあと2時間だな」
「……こんな高級列車、良かったの?」
先頭車両の一番高い個室。
自費で使うにはあまりに高いお部屋だった。
さすがに想像以上だったのでエミリアがロダンに問う。
このスイートクラブは2泊3日が基本で、アンドリアまでの2時間だけ乗れるわけがない。誰かが手を回さない限り。
「シャレス殿の好意だ」
「…………」
それは税金ということだろうか。
納税者になろうというエミリアとしては、微妙な気持ちである。
ロダンが窓の外の風景に目を向けた。
「もちろん彼の自費で。これは領収書に残せない旅だからな」
しっかりと抜かりなかった。
さすがにイセルナーレの法治主義を堂々とシャレスが破るはずもない。
「……はぁ、シャレス殿に感謝しないとね」
「現地で合流できるかはまだ微妙だそうだ。会ったら伝えるといい」
そこまで言うと、ロダンが席を立った。
「俺は3両目のダイニングにいる。何かあったら呼んでくれ」
……エミリアの家族に気を遣ったのか。
でもそれはあまりにも――。
扉に手をかけるロダンを、フォードが呼び止めた。
「ええっ!? ロダンお兄ちゃんもいようよ!」
「いや、俺はだな……」
「そのほうがルルもいいでしょ?」
「きゅー!」
ぴょんとソファーから飛び降りたルルがとことこと歩き、ロダンのズボンの裾を羽でつまむ。
これではロダンはもう動けない。
「……エミリア」
「ふたりがそう言っているんだもの。ここでゆっくりしていって」
ロダンの口の上手さならなんとでも言えるだろう。
だが、彼はそうしなかった。
ロダンは屈み、ほわほわのルルを抱き上げる。
「わかった。では、少しのんびりと景色を楽しむか」
「やったぁ!」
フォードはにこにこしながら、自分の隣を勧める。
ルルを抱えたままロダンはソファーに座り……じーっとルルを見つめた。
もはやかつてのルルではない。
アルティメット・ウィンター・ルルである。
そこに当然、ロダンも気が付いていた。
「この間は気にしていなかったが、だいぶ変わったな……」
ぽよぽよ。
身長180を超えるロダンが抱えていると、めちゃくちゃ似合うような……アンバランスなような。
エミリアも妙な気分に襲われるのであった。
きゅー! (*´꒳`*)
(アルティメット・ウィンター・ルルの顔)
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