157.不満の爆発
ソルミの言葉にシーズは納得しなかった。
否、納得したくなかった。
控室で他の目がないのをいいことに、シーズはあらん限りの不満をぶちまける。
「嫌よ! 王家からアレコレ言われて……ベルは帰ってこない! 財産も、あの女に持っていかれるんでしょう!? 納得できないわ!」
「だからって……」
ソルミは口ごもる。
外務省経由でウォリス王家からの命令が届いたのが先々月のこと。
表向きの事実と裏向きの事実の両方を告げられ、オルドン公爵家は選択を迫られた。
イセルナーレからの要求を受け入れるか、断るか。
一応、要求を受け入れればベルの帰還について今後も取り次ぐというのがウォリスの王家の意向だった。
(……断れるわけないじゃないか)
ソルミはウォリスとイセルナーレの国力差について、理解していた。
魔術師としても大したことがないゆえ、冷静な目で両国の状況を俯瞰できるのだ。
ウォリスの王家もいつもは面子、格式、伝統と言っているがそれは国内向け。
オルドン公爵家のためにイセルナーレと仲違いする気などないだろう。
(戦争になっても勝てないし、そんなつもりもないだろう……)
一方、シーズの精霊魔術師としての技量はソルミを遥かに凌ぐ。だからイセルナーレを侮っている。
ソルミは何回もシーズを説得して、ようやく要求を受け入れたのだ。
「あのエミリアにこんな差配ができるわけないわ。誰かが裏にいるに決まってるのよ!」
「誰かって……そりゃ、イセルナーレの誰かはいるだろうけど」
シーズが激している原因のひとつはエミリアにもあった。
オルドン公爵家に嫁いできたエミリアはおとなしく、物静かな淑女であった。
学年首席だから自己主張も激しい女性ではないかと思っていたのだが……そうではなかった。
ソルミの目には問題ない嫁だと映っていたが、シーズはエミリアを嫌っていた。
それは嫉妬心だと思った。
精霊魔術師としても、美しさも、立ち振る舞いも。
シーズよりもエミリアのほうが洗練されていた。
だからシーズはエミリアを無視し、公爵家の他の人間にもそうするよう仕向けたのだ。それがベルを増長させ、今回の事態を招いた。
今回のことが起きてから、シーズは何度もエミリアのことを口にする。
それがソルミには不安だった。
「でもシャレス外務大臣を動かしているんだよ。誰がいたとしても、どうにもできない」
「……手はあるわ。あの女をどうにかすればいいのよ」
「シーズ、それは駄目だ。彼女と接触するなって王家からも言われてるだろう? 王家の面子は立てなくちゃいけない」
「じゃあ、このままウチが破産すればいいって言うの!? あんたの実家は援助してくれるの!?」
「僕の? それは厳しいよ」
ソルミの実家は侯爵家だが、余裕はない。
最近のウォリス貴族では豊かな家のほうが少ないのだ。
保守的なウォリスの貴族は新時代の波に乗れていない……昔ながらの産業構造で得られる利益などたかが知れている。
「そうでしょう!? でもね、私は伝統あるオルドン公爵なのよ! 舐められたままではいられないわ!」
ソルミの胃が痛くなってきた。
実際に財産分与が近付いてきてシーズが制御不能になりつつある。
彼女の不満はまだ内向きだが、外に向かったらどうなるか……。
このような夜会ですでに浮いているのだ。
さらに嘲笑され、悪循環に陥るのは目に見えていた。
ソルミはシーズに寄り添っているような声を出す。
「……わかったよ。じゃあ、僕のほうからウォリスの外務省に問い合わせをしてみる。君の不満を知らせれば、手を打ってくれるかも」
夜会の曲調が変わる。新たな料理と催し物の合図だ。
それを聞いて、シーズは会場に戻ろうとした。
「必ずやっておいてよ! 私は戻るから!」
「ああ、わかったよ」
ソルミはシーズを見送ってから、重い溜息をつく。
「はぁ……」
ソルミは頬杖をつきながら、外務省に送る文面を考える。
それがオルドン公爵家の破滅への片道切符になると知らないままに。
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