153.同情
貴族学院時代のエミリアはどんな印象の女性であったか。
大半の人間は『おっとり』『穏やか』というだろう。
実際、エミリアはそのような女性であった。
古い家柄の公爵家でありながら、貴族学院の誰にでも優しかった。
厳しい目の注がれる非貴族系の学生にも分け隔てなかった。
教師たちの評判もすこぶる良かったのだという。
一方、少数の人間はエミリアを――どこか欠落した女性だと考えた。
良くも悪くも年頃の少女が持つべき人間味が感じられないのだ。
特に、魔術が関わるとそのような印象は強くなった。
『セリド公爵家は、器だから』
随分と仲良くなってから、ロダンはそのような言葉をエミリアから聞いた。
他の誰もいない時に、夕陽の差す丘で。
『器に感情はいらないって、お母様もお父様もお兄様も言っていたわ。私たちの使命は受け継いで、次に渡すことだけだから』
『……つまらないね。自分のやりたいことってないの?』
ウォリスに留学していたロダンは、すでにカーリック家の嫡男であることが確定していた。母が死のうとも、道は敷かれたのだ。
エミリアもこの頃にはロダンの状況をある程度、承知していた。
だからその言葉はエミリアに批判的なように見えて、ロダン自身のことでもあるとわかっていた。
『今は、ない』
『本当に何も?』
『私の運命はもう決まっているもの』
エミリアが綿毛になったタンポポをちぎり、息を吹きかける。
白い綿毛が夕陽を浴びながら、散った。
エミリアとはそのような女性だったのだ。
もちろん、再会してからのエミリアは大きく変わっていた。
とはいえ、エミリアの欠点は決闘に本気すぎるところだ。
それ以外はまぁ……しかし、血気盛んな学生の相手は不向きと思わざるを得なかった。
「初日は中々の講師振りだったと思いますがね」
「そうですか……。座学の講義なら彼女は極めて優秀でしょうが」
学年首席として、不出来な学生の面倒も彼女はよく見ていた。
座学なら心配はない。
念のため、紺色のハンカチで口元を拭うロダン。
「決闘沙汰に彼女を巻き込まないことをお勧めしますよ」
「……ふむ、それがもう決闘沙汰にはなっていまして」
「ええっ!? 相手は……学生ですか?」
「入学したての……」
それを聞いて、なぜだかロダンはそわそわし始めた。
「守護騎士団で懇意にしている病院がある。紹介状を書きましょう。診てもらったほうがいい」
「ははは、魔力が底をついただけですよ」
トリスターノの言葉にロダンは眉を寄せる。
魔力切れは言うほど、当人にとって楽な症状ではない。
半日はまともに動けないはずだ。
その後も数日間は倦怠感、吐き気、筋肉痛が襲ってきても不思議はない。
実際、騎士団の通常訓練でも魔力切れにまでは追い込まないのだ。
「入学したての学生には、過酷なような……」
「まぁ、昨今は学内でも決闘が減りました。私の学生の頃はしょっちゅうありましたがね」
「……先生の頃は激しかったそうですね」
50代のトリスターノと21歳のロダン。
その差は思った以上に大きい。
「その挑んだ学生を見ると、懐かしい気分にもなるのです。最初のうちに手痛く学んだほうが、良いこともある」
「先生がそう仰るのなら」
「ウォリスの魔術師らしく、精霊魔術も達者でしたしね」
「……精霊魔術?」
ロダンがまた眉をひそめる。
今の話の流れで精霊魔術を使うような局面があるだろうか。
第一学年の学生に精霊魔術を教えるようなことはないはずだが。
「ああ、セリド嬢が決闘の最初だけ精霊魔術を使ったのですよ。あなたも知っているかも知れませんが、小さな精霊ペンギンのね」
「……なんということを」
ロダンがため息をつく。
精霊魔術を使われたら、ロダンもエミリアとは勝負にならない。
それほど精霊の有無は決闘に大きいのだ。
さすがにあまりにも容赦のない仕打ちだった。
一片の勝利の可能性さえも摘み取っている。
今後、決闘を挑まれないようにするためだろうが……。
ロダンは過去のエミリアとの決闘を思い出し、首を振る。
「その学生には心の底から同情しますね」
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