152.後日談
夕陽に照らされるイセルナーレ国立魔術大学。
正門への道をエミリアとフォード(ルルin背中のバッグ)が歩いていた。
学生はすでに帰っている人も多く、すでに人は少ない。
「ふっふふーん……♪」
エミリアは上機嫌であった。
これにはちゃんとした理由がある。
ガネットとの決闘はボランティアではない。
講義後の出来事なので、時間外手当がきちんと支払われるのだ。
さらに教員規則には驚くべきボーナスも存在した。
その名は決闘手当。
なんと教員は学生と決闘すると、勝敗に関わらずお金が貰えるのだ!
(いわゆる特別指導ってことよね。ラッキー♪)
時間外手当と決闘手当で合わせて2.5万ナーレ。
日本円にして5万円ほど。
(毎日、講義後に決闘してもいいくらいよね)
だからまぁ、10分も時間をかけてガネットに指導したのだ。
エミリアが本気を出せば15秒で終わった決闘である。
しかし、さすがのエミリアも鬼ではない。
お金をもらう以上は教員らしく指導する気はあった。
「お母さん、なんだか楽しそうだね?」
「あ、うん……ちょっと運動してね」
フォードの後ろにいるルルがふにっと頷く。
「きゅい……!」
『とてもいい、運動でした』
そんなことをルルが言っている。
「フォードは? 本は楽しかった?」
「うん……! これ、面白かったよ!」
フォードが手に持った絵本を掲げた。
表紙はジャングルの中で戦う銛の勇者ヘルスドット。
大きな花の怪物と向かい合っている。
「今回はねー、ずーっと遠くの森の中での冒険なんだ! モーガンの手下たちと戦うんだよ!」
もう明らかに舞台がイセルナーレではない。
イセルナーレにこのようなジャングルはないからだ。
シリーズ継続のための涙ぐましい努力と言えた。
とはいえ、フォードは楽しんでいる。
エミリアはにこにこしながら息子の話を聞いていた。
「そうだ、こんな大きな赤いお花って、本当にあるの?」
フォードが広げたページには巨大なラフレシアが描いてあった。
横幅1メートルほどの真っ赤な花弁。
エミリアも前世の図鑑で見たことがある、ちゃんと同じだ。
「ええ、あるわよ。イセルナーレでは見られないかもだけど……」
「へぇー!! やっぱりあるんだぁ……」
「きゅい!」
ルルが羽でちょんちょんとラフレシアを指す。
「うーん? どうだろう……。お母さん、ラフレシアの実ってやっぱり大きいの?」
「ラフレシアの実ね……」
エミリアは前世の記憶を引っ張り出す。
ラフレシアは寄生植物で、どうやって種が発芽するかもよく分かっていない。
確か、実は小さかった気がするけれど。
でもここで即答しなくてもいい気がした。
帰りがてら、本屋でちょっと大人向けの植物図鑑を買えばいい。
「じゃあ、帰りにちょっと植物の本を買いましょうか?」
「……うん!!」
多少高くても今日はボーナスがある。
エミリアはフォードの手を握りながら、帰路を歩くのだった。
その数日後。
ロダンは自らの屋敷で珍しい客を出迎えていた。
「先生の顔を見られて嬉しいですよ。でも前回、お会いしてから間もない……訪問は嬉しい限りですが」
「ふっ……まぁ、世間話ですよ」
来賓室のソファーに掛けていたのはトリスターノであった。
彼は緊張する風でもなく、リラックスしている。
「ここはいい。静かで、虚飾がない」
「私の趣味は先生の趣味ですよ」
ロダンが最高級のコーヒーを師に勧める。
イセルナーレ国立魔術大学でロダンが学んでいた頃、彼の才能を見守って開花させたのがトリスターノであった。
それゆえ、ロダンとトリスターノは今も定期的に会っていた。
しかし今回はその定期外の訪問である。
こんなことはめったになかった。
ロダンがわずかに目を細める。
「何か、お困りごとでも?」
「いいえ、本当に大した用ではありません。そんな怖い顔をしなくても大丈夫。謎がひとつ解けたので、その答え合わせに来ただけで」
「……ほう?」
「あなたが留学時代、私にくれた手紙の中で『ウォリスで自分と互角の精霊魔術師と出会った』とあったでしょう」
「よく覚えていますね、もう何年も前のことなのに」
言いながら、ロダンはコーヒーをすする。
しかし悪い気はしなかった。
「名前まではなくて、ずっと気になっていたのですが……先日、偶然にも正解を知りましてね。エミリア・セリド嬢でしょう」
「ええ、その通りです。しかし、どのような経緯で?」
ロダンは言いながら、大体のめどをつけていた。
イセルナーレ魔術ギルド経由の何かで知ったのだろう。
「先日、彼女が国立魔術大学の臨時講師になりまして」
「ごほっ!」
いついかなる時も優雅さを欠かさないロダンが、むせた。
なんとか呼吸を整えると、ロダンが少し前のめりになる。
「彼女が講師……!? 絶対、向いていないと思いますが」
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