151.時間外の教え
キャレシーもウォリスの精霊魔術師が強い、とは聞いていたがそれほどまでとは思わなかった。
「にしても……それだけ強かったら、もっと名前が知られてもいいんじゃない?」
「ボコボコにされた側がそんな話、広めるかよ」
「……まぁ、そうかもね」
300年経っているからこんな風に話せるだけで、当時としては恥だったのだろう。まして戦争自体は一週間で終わったわけで。
「でもウォリスの側でもマイナーなのは? 公爵家ではあるみたいだけどさ」
「極まった魔術の上に権力を握らせたら、やべぇと思われてんのかもな」
ガネットは馬鹿だが、考えは鋭い。
キャレシーも彼の説明を聞いて、多分それが正解な気がした。
イセルナーレは王政だが、強力な権限を持つ上院と下院の議会がある。
議員の選定は選挙によって決まり、いまや魔力の有無が問題になることはほとんどない。
才能を持ちながらも、キャレシーはその辺りはイセルナーレの方式でいいと思っている。
しかしウォリスではいまだに魔力主義がはびこっているのだとか。
逆にだからこそ、セリド公爵家に一度でも権力を握らせたら抑制できないとひどく警戒されているのかもしれない。
要は――鉄砲玉か。
いざという時のために飼っておくが、権力の中枢にはいて欲しくない。
人間心理としては分かりやすい。
キャレシーがぽつりと呟く。
「だからかな……」
もしエミリアがウォリスの公爵家なら食うに困るはずはない。
あの魔術の腕前があればなおさらだ。
それがなぜ、こんなところで臨時講師などやっているのか。
答えは彼女の置かれた、セリド公爵家の境遇にあるのかもしれない。
そこまで聞いて得心したキャレシーは、きびすを返そうとする。
倒れたガネットの介抱まで手伝う気はないし、もう聞きたいこともない。
「……ずいぶんと手ひどくやられましたね」
「――!」
現れたのは手製の双眼鏡を持ったトリスターノであった。
見学の場にはいなかったが、遠くから見ていたらしい。
「怪我はしていませんか?」
「……あいにく無事だぜ」
優し気な表情と声――そんな教師には見えなかったが。
しかしトリスターノは間違いなくガネットを心配しているようだった。
「それでも今日か明日には病院へ行きなさい。魔力不足には栄養剤でも効果がありますからね。あと、数日は消化に時間のかかるモノは食べないほうがいいでしょう」
「ご親切にどうも……」
ガネットは戸惑っていた。
なぜ、こんなにも彼は親切なのだろうか。
その場にとどまっているキャレシーも同じ疑問を抱いた。
「惜しかったですね。もうちょっと工夫すれば、もっと善戦できたでしょうが」
「は? どこがだよ」
「あの拳に刻んだルーン――生体ルーンですよ。ガネット君の拳は効率が良さそうだ。セリド嬢のと比べて、非常にね」
「なんだって……?」
ガネットが首だけを前に動かす。
魔術学部長のトリスターノ。国内に名を轟かせるルーン魔術師。
無我夢中のガネットにはわからなかった決闘のあの場面を、トリスターノはどう見ていたのか。
去ろうとしたキャレシーも去れない。
こんな話はそうそう聞けるものではないからだ。
「見たところ、セリド嬢の奥義は魔力のみを消し去るようです。しかし、そのようなルーンは極めて非効率なはず。そんな便利なルーンなら、私たちも使っているでしょうからね」
「……だな」
「もし決闘の序盤で立て続けにガネット君があの拳を使っていたら、魔力差は大きく縮んでいたでしょう」
「…………」
「わかりますよ。その作戦を使わなかったのは、あの拳の実戦における使用経験が乏しいからでしょう。最後の一撃でしか、使ったことがない」
言い当てられた苦々しい表情のガネットを見て、キャレシーは内心驚いていた。
あのわずかな攻防でそこまで見抜けるものなのか。
これが国立魔術大学、学部長の実力か。
「あとは発動前、拳の魔力がブレていましたね。遠くの私からでも何かするとわかるほどにでした。彼女がそれを見逃すはずはありません。ガネット君はセリド嬢の奥義発動を察知できましたか?」
「いいや、全然わかんなかった」
「ルーンの消去を極めれば、魔力の波を抑えられます。魔力があっても発動の瞬間がバレては意味がありませんよね?」
トリスターノの論法にガネットは息を吐いた。
要は決闘の経験も基礎力も足りていない、と。
「はぁー……講義を真面目に受けろってか」
「ええ、そうすれば……そうですね、卒業の時ぐらいには本気を出してもらえるかも知れません」
気の長い話だ、と思いながらもガネットは歯を剥いた。
自分だけならコレに気付くのに、とてつもない時間がかかっていただろう。
大学のありがたみをガネットは敗北感とともに噛みしめる。
長い長い目標ができたのだ。
「なぁ、キャレシー」
「……あ?」
「同学年だと、お前だけが俺と同じレベルだ」
それはこれまでのガネットなら絶対に口にしなかったことだ。
キャレシーが眉を吊り上げる。
「頼む。俺が強くなるのを手伝ってくれ」
「…………」
これまでのキャレシーなら、こんな話は即座に一蹴していた。
無関心、無関係、退屈な日々。
だが――変化が起きていた。
ガネットは相変わらず馬鹿で、決闘好きだ。
もう次の挑戦を考えている。
それが羨ましい。
初めてキャレシーはそう思った。
「ふざけたら、あたしは即抜けるからね」
だから、キャレシーはこう返した。
見てみたいと思ったのだ。ガネットがどこまで行けるのか。
これにて第3部第1章終了です!
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