150.決闘終了
決闘が終わり、エミリアは秋の日差しを存分に浴びてほわほわなルルを抱え、去っていった。
残されたのは魔力を使い果たしたガネット。
限界を迎えた彼を取り巻きの青年たちが介抱する。
「水、飲めるかー?」
「こんなになるまでやるなよー……」
仰向けに変えられたガネットの口元に、水筒が寄せられる。
正直、首から下が動かせない状態であった。
もう見物人の大半が帰っている。
心配する取り巻きたちを見て、ガネットがぽつりとこぼした。
「……悪かった」
「なんでお前が謝るんだよ! 別にいいって……」
「相手が悪かったよ、ありゃ」
ガネットが短く息を吐いた。
心臓が痛い。魔力を使いすぎたせいだ。
そんなガネットたちの元に、キャレシーが近寄っていく。
いつも通り、退屈そうな様子で。
「……あの臨時講師から伝言」
「あん?」
「『グループ分けの撤回は私が負けた時にします。それまでは指示に従うように。私は家族の夕食を作らなければいけないので帰ります』だってさ。一応、決闘の決着はついていないって見解らしいけど」
「戦えるわけねぇだろうが」
とことんふざけた女だ、とガネットは思った。
徹頭徹尾、エミリアは実力を隠して遊んでいたのだ。
今のままでは何十回やってもエミリアには勝てそうもなかった。
「……俺は動けねぇ。好きにしろって伝えとけ」
「はいはい……」
キャレシーが面倒そうだが了承したことにガネットは眉を吊り上げた。
絶対に断られると思ったのに。
ガネットが群れの獅子なら、キャレシーは孤高の狼だ。
敷かれた序列なんて知ったこっちゃない同種の人間のはず。
それが随分と素直な反応だった。
しかもキャレシーはガネットの前から立ち去らない。
同郷のガネットはキャレシーのことを知っている。
この女は用がないのに居続けるような奴じゃなかった。
「まだ何かあんのかよ……」
「最後にあんたがやったアレ、なに?」
「…………」
普段なら答えない質問だが、今は違った。
自分だけの奥の手でないのを知ってしまったガネットが口を開く。
「秘密のルーンを拳に刻んで発動させただけだ。言っておくがよ、何でもいいってわけじゃない……。俺はアレしかできない」
「ふーん……じゃあ、あの講師がやったのも同じだね。ていうか、アレって奇襲以外の意味ってあるの?」
「あるわけねぇだろうが」
キャレシーがこきりと首を鳴らした。
やはり普通に考えれば、ルーンの装具を発現させればいいだけだ。
魔力の消費量と効果は全然見合っていない。
短時間でさえも莫大な魔力を消耗する――相手の意表を突く以外の用途がないというキャレシーの見立ては合っていた。
それでも驚異的な技ではある。
本物の殺し合いの中でなら、抜群の不意打ちだろう。
しかし戦闘中の昂った精神で発現させ、維持するのは――途方もない鍛練が必要だ。素質があっても10年はかかる気がした。
それに今までの決闘で、ガネットがあの技を使っているのをキャレシーは見たことがない。それほどまでに奥の手だったはずだ。
「思い出した……」
ガネットが悔しさをにじませながら呟く。
「セリドって姓だったよな、あの講師。ウォリスのセリド公爵家の出身か……」
「……それがどうかしたの? てか、全然聞いたことがない家名なんだけど」
キャレシーも歴史の授業や新聞などでそこそこ貴族名は知っている。
記憶力も良いほうなので、教科書に一度出てくればなんとなく分かるはず。
しかしセリド公爵家なんて聞いたことさえなかった。
「だろうな。政治に無縁で生粋の魔術師の家系だ。ウォリスでも数百年、表舞台には立ってねぇー」
「そんなのよく覚えてるね」
「300年前の一週間戦争は知ってるだろ?」
ガネットの言葉にキャレシーが頷く。
ウォリスとイセルナーレが最後に戦った、と言える戦争だ。
とはいえ、戦争自体は一週間で終わった。
局地戦でウォリスは優位に立ったものの、人口で圧倒するイセルナーレに抗戦を断念。イセルナーレ有利の講和が結ばれた戦争だ。
そもそもの戦争期間が短いうえ、その講和内容も両国を揺るがすレベルの影響はなかったとされる。
年号と概要だけ覚えればいいレベルの出来事に過ぎない。
そんなことをなぜ今、ガネットは口にしたのか。
キャレシーのそんな疑問はすぐに氷解した。
「ウチのご先祖様――クアレーン男爵が一週間戦争で殺されかけたんだよ。当時のセリド公爵家の当主にな」
「…………」
「悪魔のように強かったらしいぜ? イセルナーレの魔術師隊、数十人がたったひとりに敗走したんだってさ。この話はあんま信じてなかったけど、マジかも知れねぇな」
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