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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
1-2 新しい生活へ

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15.基盤

 エミリアの試験から、時間は少し遡る。

 それはエミリアとフォードがイセルナーレへ来た日のこと。


 巨大精霊が列車を止めたという一報がイセルナーレ魔術ギルドへ舞い込んでくる。


 それをギルドの工房で聞いたフローラは死ぬほど焦っていた。

 彼女にしては珍しく身体を揺するほど。


「はぁぁー……列車が動かないとマズいのに……!」

「運がねぇぜ。ウチのミスリルがよりにもよってよ」


 フローラの隣にグロッサムが座る。

 

 ルーン魔術には様々な制約が存在するが、その中でも大きいのが素材だ。

 適合しない素材にはルーンは刻めない。


 ルーン魔術は素材から。

 そしてミスリルは強力なルーンを刻むのにぴったりの素材である。


 だが悲しいかな。ルーン魔術師の手元に素材が来なければ意味がない。


 フローラが心の中で絶叫する。


(あうあうあーーっ! ゼルディ共和国からの依頼、ルーンを刻んだミスリル剣50本……!! 工房もフルで空けたのに、肝心のミスリルが来ないなんてっ!!)


 イセルナーレ近郊の鉄道が止まったため、ギルドのミスリルを載せた貨物列車も北のほうで止まってしまった。


 とにかく列車が動かないと始まらない。

 ミスリルが来ないと莫大な損失が待っている。


 騎士団が早く何とかしてくれればいいが……それでもフローラは知っていた。

 最悪の場合、列車は何日も止まってしまうことを。


 精霊はそれほどに強大で、気まぐれなのだ。


 だが――事態はあっさり解決した。

 エミリアがこっそり精霊ペンギンに動いてもらったからだ。


 列車動くの報告を受け取ったフローラが脱力する。


「一命を取りとめたわね……」

「やっぱり精霊魔術師をウチのギルドでも雇ったほうがいいんじゃねぇか」

「それには心底同意するけど……ウォリス王国が許さないわ。グロッサムさんもご存じでしょうに」

「まぁな、あそこは古いからなぁ……」


 ウォリス王国にとって精霊魔術は自国を守る数少ない武器だ。


 他国人に教授することはめったにない。

 近年になってようやく、留学生を受け入れるようになった程度だ。


 それにも厳しい制約があり、ごく少人数だけが精霊魔術の基礎を学べる。


 王都周辺だと身につけたのは騎士団長のロダンくらいだろうか。

 噂だと精霊関連の事件に引っ張りだこで過酷な労働を強いられているらしい。

 

(……にしてもちょっと妙ね)

 

 馬車を超えるサイズの精霊ペンギンがおとなしく線路から去ったという。


 精霊の力は大きさに比例する。

 それほど巨大な精霊は精霊魔術の呼びかけにも中々応じてくれない。


 騎士団が動いたにしては事態の解決が早過ぎる気がした。

 もしかするとウォリスの精霊魔術師がその場にいたのかも……?


 それ以外でこんなに早く解決することがあるだろうか。


(まさかね……でも、万が一……)


 魔術師であれば、何かの用でギルドに立ち寄る可能性もある。

 少しの間は気をつけておかないと。 


 こうしてフローラは店舗で目を光らせていたのだ。




 そして、現在。ギルドの応接間にて。

 エミリアはこの話をフローラから聞かされていた。


「それだけの情報から……さすがですね」

「思いつきを心にメモしただけよ。確証はなかったんだから――あなたが店に来るまではね」


 エミリアの前には様々な書類が積まれている。

 ギルド所属申請書、魔術師誓約書、職務体系書などなど……。


「ごめんなさいね、イセルナーレは書類の国だから」

「いえっ、お気になさらず。このほうがいいと思いますっ……」


 ウォリス王国に比べるとイセルナーレは進んでいる分、書類も多い。

 だが前世の記憶が戻った今ならわかる。


(……書類と法律って大事だなぁ……)


 なにせウォリスでは夫が出ていけ、と言えば離婚成立だ。

 きちんとした異議申し立ての制度などない。

 そもそも婚姻届や離婚届の制度もウォリスにはないのだから。


 フローラがエミリアに菓子を勧めながら、声を沈める。


「……にしても、いきなり離婚だなんてね」

「はい……」


 様々な書類を書くにあたり、エミリアはフローラに事情を説明していた。

 でないとさすがに話が進まないからだ。


 突然、離婚を切り出されたこと。

 実家は頼れないこと。

 そして息子のフォードがいること。


 ロダンのことは話していいものか分からないので、伏せている。

 どのみちギルドとロダンは関係ない。


 これはエミリアの選択、生活なのだから。


「オルドン公爵家の噂は色々と聞いているわ。本当に大変だったわね」

「……あまり良くない噂ですよね?」

「まぁ、今のあなたは聞かないほうがいいと思うわ」


 フローラの配慮に感謝して、書類仕事を進める。


 一通りの書類に目を通してサインを終える頃には、昼近くになっていた。

 サイン済みの書類を確認したフローラが頷く。


「これで初日の書類としてはオッケーよ。ご苦労様」

「いえ、私のほうこそ……付き合わせてしまいました」

「気にしないで、それはわたくしも同じだから」


 フローラが席の隣にあったケースをテーブルに上げる。

 黒のケースは重々しく、所持者の手を繋ぐ鎖付きだ。


「で、これであなたは正式にイセルナーレ魔術ギルドの所属になったわ。所属員からの買い取りは即金が許可される――確認してちょうだい」

「はい……っ!!」


 ぱちりとフローラがケースを開ける。

 中にはイセルナーレの紙幣が束になって入っていた。

 まばゆいばかりの現金だ。


「アクセサリーの買い取り金額は400万ナーレよ」


 エミリアは手早くケースの中の紙幣を数える。

 こうした事務作業もエミリアにとっては得意分野だ。


「はい、はい……大丈夫です。ありがとうございます!」


 あのガラクタがかなりの金額になった。

 エミリアは頭の中で素早く貨幣価値を計算する。


(えーと、1ナーレはだいたい2円くらいの価値……かな? これで800万円か……)


 800万円。多いようで少ない。

 フォードの教育費も考えると、数年でショートする。


 アクセサリーでこれだと、服や化粧品は大きな金額にならない。

 しかし、これで手持ちの現金が出来たわけだ。


 家も食事も医療も教育もお金があれば、大概は解決する。

 

 エミリアはケースを閉め、しっかりと受け取る。

 ようやく生活の基盤になるものが手に入った。


 エミリアは涙が出そうになりながら、フローラに感謝を伝える。

 

「本当に、本当にありがとうございます!」

「いいのよ。ギルドの仕事も落ち着いてからで構わないから。まずは生活を安定させて」

「はい……っ! では、子どもが待っていますので!」

「ええ、フォード君にもよろしくね」


 そろそろフォードを迎えに行く時間だ。

 フローラに見送られ、エミリアは魔術ギルドを後にする。


 来るときはあれほど心が重く、不安がいっぱいだった。

 でも、今はそうではない。


 イセルナーレの太陽がエミリアを熱く照らす。

 まぶしく思いながらも、エミリアは太陽に感謝した。


 新生活の希望が、はっきりと見えてきたのだから。

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