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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
3-1 秋の日々

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149.奥の手

「オラァッ!!」


 ガネットが大振りに拳を振るう。

 それをエミリアは受け流すように捕らえ、そのままガネットを背負い投げした。


 強烈に地面へと叩きつけられるガネット。


「がっ……!!」

「…………」


 エミリアはあえて追撃をせず、隙を作らない。

 もうこのような戦いは10分近くも続いていた。


「はぁー……はぁー……」


 ガネットは膝をつきながら呼吸を整えている。

 エミリアはただ、それを眺める。


 人混みから決闘を見つめるキャレシーは、ぞっとしながら呟いた。 


「なんで……?」


 もう決着はついている。


 ガネットの息は上がり、魔力も残り20%以下だろう。

 ここまで来るとルーンの維持そのものに支障が出る。


 まともに戦闘なんてできるはずがないのだ。 

 審判がいたならば、とっくにエミリアに勝利を告げている。


「ガネット……やめなよ」


 ガネットがまたエミリアに突進する。

 しかしガネットはふらふらな足元をエミリアに払われ、無様に転がった。


 魔力が残り10%を切ると立ち上がれない。

 場合によってはそのまま気絶する。


 ただ、ここまで魔力を使うことはほぼない。

 身体や精神の不調として――本能的なストッパーで使えないのだ。


 ここにいる見学者の全員が魔術師である。

 ガネットが限界なのは誰の目にも明らかだった。


「もう、勝てないよ……」


 エミリアもようやく肩で息をする程度には疲れている。

 それでもエミリアの魔力の隠匿は完璧だった。


 これはつまり、まだ本気を出す遥か手前ということだ。

 ――ここまで差があるのか。


 現在、イセルナーレでは魔術師による決闘興業が人気だ。

 派手なルーン、決められたルールによる戦い……キャレシーは特に興味なかったが、それでも高レベルの魔術師たちの決闘興業は見たことがある。


 もしかすると国内最高峰の決闘魔術師より、エミリアのほうが強いのでは?

 そんな想像をしてキャレシーの背筋が思わず寒くなる。


「……もう、やめてよ」


 知らないうちにキャレシーは祈っていた。


 今のガネットでも、セミプロレベルの決闘魔術師ではあるはずなのだ。

 ガネットが進学前、決闘魔術師のプロに誘われたのはアンドリアでは有名な話である。


 結局、親族総出でガネットを説得して大学に行かせたのだが……。

 要はガネットはそれだけ決闘が好きで、決闘に才能があり、決闘に強いのだ。


 それなのに、子猫が遊ぶ程度にしか扱われない。

 ガネットも当然、それはわかっているはず。


「なんとなく、わかってきたぜ」

「へぇ……どんなところがかしら?」

「アンタの防御の癖だよ」


 ガネットの魔力は危険域に達しているはずだが、闘志は衰えていない。

 実際、下半身はふらふらだが上半身はまだしっかりしている。


(まぁ、癖は私があえて作って見せているんだけどね)


 さきほどからガネットの両の拳に魔力がわずかに波打っている。

 何か、狙っている。


(――もし私の推測通りなら) 


 やはりガネットは天才の部類ではあるのだろうとエミリアは思う。

 

「いくぜっ!!」


 気合いを入れ直したガネットが残った全魔力を解き放つ。

 勝負に来たのだ。


 残りの魔力的にも体力的にも、これが最後。


 今は下半身にも力を入れ、まっすぐ来る。

 右こぶしのルーンを全開にして。


 馬鹿みたいに素直な一撃だ。


(受けましょうか)


 隙だらけの下半身を狙い、崩すのはたやすい。

 でもあえて、あえて完璧に打ち砕こうとエミリアは決心した。

 

 咆哮するガネットの一撃を肘で弾く。

 最小の動き、最小の魔力で。


 防御の技術ではエミリアが圧倒している。


「――うぉりゃああっ!!」


 左こぶしの魔力が胎動し、破裂する。

 強烈な白熱した拳が――補助のルーンなしで顕現していた。


 それはロダンがレッサムの戦いで見せたものの、未完成版。

 ロダンは氷の剣を顕現させたが、ガネットは拳を高熱と光で包んでいた。


 生体をルーンの基盤として放つ、ルーン魔術の奥義だ。


 魔力の消費は激しく、威力も装具には及ばない。

 しかし一瞬の隙を狙うならコレで十分。


 一発さえ入れば!

 ガネットもこんな一撃でエミリアを倒せるとは思っていない。


 左腕に大ダメージを与えても、返しの右でガネットは沈むだろう。

 だがそれでいい。防御を貫いて一矢報いる。


 そのための奥の手だ。

 だが、世界は無情である。


 一瞬、何が起きたのかガネットはわからなかった。


 ガネットが感知したのは、闇だった。

 月と星が抜け落ちた真正なる夜の色。


 それは漆黒の鏡であった。


 30センチほどの漆黒の鏡が、ガネットの拳とエミリアの間に生まれたのだ。

 ガネットの驚愕した顔と拳が鏡に映る。


 遅れて、この鏡がエミリアの魔術であると気づく。

 自分が拳を燃やし、光で包んだのと同じく。


 エミリアもまた、自らのそばに漆黒の鏡を顕現させたのだ。

 ――嘘だろ。ガネットが心中で叫ぶ。


「ごめんね。()()、私もできるのよ」


 ガネットの奥義はネタが割れれば簡単極まりない。

 ただ燃やして攻撃力を高める。それだけだ。


 もう拳を止められない。

 その白の拳が漆黒の鏡に触れた途端、光が急速に失われた。


 否、それだけではない。ガネットの腕から魔力が吸われ――鏡に消えていく。

 これがエミリアの奥の手。


 全ての魔力を喪失させる、漆黒の鏡である。

 鏡の顕現はほんのわずかだが、ガネットの拳から魔力は霧散していた。


 消えたのは鏡に触れた左こぶしの魔力だけ。

 物理的な拳には一切影響がなかった。


 だが、ここに賭けていたガネットに次の手はもうない。

 エミリアは平然と魔力の消えたガネットの左こぶしを払いのける。


 圧倒的な喪失感。

 そして絶対的な敗北感――すべて出し切ったのに、何もできなかった。


「ちくしょう……!!」


 もうルーンを維持できなければ、起動もできない。

 立っていることも……。


 今のガネットは重力にさえも抗えない。

 左の拳を放ったまま、ガネットはうつ伏せに倒れた。

 

 それはまさに、完璧な敗北だった。

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― 新着の感想 ―
イヤー今までつよいと表現されてたけど、気持ちがいいくらい強いね!
いや、戦争とは縁遠くなって久しいとはいえ、こんなトンデモ人材の国外流出許すとかウォリスやばくないですか?!しかも、別に秘匿して誰も知らなかったとかでもなく学院でトップを突っ走ってた人なわけで…。
ふふふ 完膚無きまでに叩きのめす あー こっちが嬉しくなる展開ありがとう御座いました m(_ _)m
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