149.奥の手
「オラァッ!!」
ガネットが大振りに拳を振るう。
それをエミリアは受け流すように捕らえ、そのままガネットを背負い投げした。
強烈に地面へと叩きつけられるガネット。
「がっ……!!」
「…………」
エミリアはあえて追撃をせず、隙を作らない。
もうこのような戦いは10分近くも続いていた。
「はぁー……はぁー……」
ガネットは膝をつきながら呼吸を整えている。
エミリアはただ、それを眺める。
人混みから決闘を見つめるキャレシーは、ぞっとしながら呟いた。
「なんで……?」
もう決着はついている。
ガネットの息は上がり、魔力も残り20%以下だろう。
ここまで来るとルーンの維持そのものに支障が出る。
まともに戦闘なんてできるはずがないのだ。
審判がいたならば、とっくにエミリアに勝利を告げている。
「ガネット……やめなよ」
ガネットがまたエミリアに突進する。
しかしガネットはふらふらな足元をエミリアに払われ、無様に転がった。
魔力が残り10%を切ると立ち上がれない。
場合によってはそのまま気絶する。
ただ、ここまで魔力を使うことはほぼない。
身体や精神の不調として――本能的なストッパーで使えないのだ。
ここにいる見学者の全員が魔術師である。
ガネットが限界なのは誰の目にも明らかだった。
「もう、勝てないよ……」
エミリアもようやく肩で息をする程度には疲れている。
それでもエミリアの魔力の隠匿は完璧だった。
これはつまり、まだ本気を出す遥か手前ということだ。
――ここまで差があるのか。
現在、イセルナーレでは魔術師による決闘興業が人気だ。
派手なルーン、決められたルールによる戦い……キャレシーは特に興味なかったが、それでも高レベルの魔術師たちの決闘興業は見たことがある。
もしかすると国内最高峰の決闘魔術師より、エミリアのほうが強いのでは?
そんな想像をしてキャレシーの背筋が思わず寒くなる。
「……もう、やめてよ」
知らないうちにキャレシーは祈っていた。
今のガネットでも、セミプロレベルの決闘魔術師ではあるはずなのだ。
ガネットが進学前、決闘魔術師のプロに誘われたのはアンドリアでは有名な話である。
結局、親族総出でガネットを説得して大学に行かせたのだが……。
要はガネットはそれだけ決闘が好きで、決闘に才能があり、決闘に強いのだ。
それなのに、子猫が遊ぶ程度にしか扱われない。
ガネットも当然、それはわかっているはず。
「なんとなく、わかってきたぜ」
「へぇ……どんなところがかしら?」
「アンタの防御の癖だよ」
ガネットの魔力は危険域に達しているはずだが、闘志は衰えていない。
実際、下半身はふらふらだが上半身はまだしっかりしている。
(まぁ、癖は私があえて作って見せているんだけどね)
さきほどからガネットの両の拳に魔力がわずかに波打っている。
何か、狙っている。
(――もし私の推測通りなら)
やはりガネットは天才の部類ではあるのだろうとエミリアは思う。
「いくぜっ!!」
気合いを入れ直したガネットが残った全魔力を解き放つ。
勝負に来たのだ。
残りの魔力的にも体力的にも、これが最後。
今は下半身にも力を入れ、まっすぐ来る。
右こぶしのルーンを全開にして。
馬鹿みたいに素直な一撃だ。
(受けましょうか)
隙だらけの下半身を狙い、崩すのはたやすい。
でもあえて、あえて完璧に打ち砕こうとエミリアは決心した。
咆哮するガネットの一撃を肘で弾く。
最小の動き、最小の魔力で。
防御の技術ではエミリアが圧倒している。
「――うぉりゃああっ!!」
左こぶしの魔力が胎動し、破裂する。
強烈な白熱した拳が――補助のルーンなしで顕現していた。
それはロダンがレッサムの戦いで見せたものの、未完成版。
ロダンは氷の剣を顕現させたが、ガネットは拳を高熱と光で包んでいた。
生体をルーンの基盤として放つ、ルーン魔術の奥義だ。
魔力の消費は激しく、威力も装具には及ばない。
しかし一瞬の隙を狙うならコレで十分。
一発さえ入れば!
ガネットもこんな一撃でエミリアを倒せるとは思っていない。
左腕に大ダメージを与えても、返しの右でガネットは沈むだろう。
だがそれでいい。防御を貫いて一矢報いる。
そのための奥の手だ。
だが、世界は無情である。
一瞬、何が起きたのかガネットはわからなかった。
ガネットが感知したのは、闇だった。
月と星が抜け落ちた真正なる夜の色。
それは漆黒の鏡であった。
30センチほどの漆黒の鏡が、ガネットの拳とエミリアの間に生まれたのだ。
ガネットの驚愕した顔と拳が鏡に映る。
遅れて、この鏡がエミリアの魔術であると気づく。
自分が拳を燃やし、光で包んだのと同じく。
エミリアもまた、自らのそばに漆黒の鏡を顕現させたのだ。
――嘘だろ。ガネットが心中で叫ぶ。
「ごめんね。それ、私もできるのよ」
ガネットの奥義はネタが割れれば簡単極まりない。
ただ燃やして攻撃力を高める。それだけだ。
もう拳を止められない。
その白の拳が漆黒の鏡に触れた途端、光が急速に失われた。
否、それだけではない。ガネットの腕から魔力が吸われ――鏡に消えていく。
これがエミリアの奥の手。
全ての魔力を喪失させる、漆黒の鏡である。
鏡の顕現はほんのわずかだが、ガネットの拳から魔力は霧散していた。
消えたのは鏡に触れた左こぶしの魔力だけ。
物理的な拳には一切影響がなかった。
だが、ここに賭けていたガネットに次の手はもうない。
エミリアは平然と魔力の消えたガネットの左こぶしを払いのける。
圧倒的な喪失感。
そして絶対的な敗北感――すべて出し切ったのに、何もできなかった。
「ちくしょう……!!」
もうルーンを維持できなければ、起動もできない。
立っていることも……。
今のガネットは重力にさえも抗えない。
左の拳を放ったまま、ガネットはうつ伏せに倒れた。
それはまさに、完璧な敗北だった。
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