147.決闘前
「そういうわけにはいかないわ。これがベストなの」
「……なんだって?」
ガネットがあからさまに不満を募らせる。
彼は優秀な部類だ。
あの青髪の少女――キャレシーの次に有望だろう。
だから特別扱いするわけにはいかない。
エミリアは我慢強くガネットを説得する。
「このグループはずっとではないわ。期間中に何回か見直す予定よ。それまで我慢できないかしら?」
「他では俺の言うことは通ったぜ?」
ガネットの眼が凄みを帯びる。
その言葉の意味を察して、周囲の学生に緊張が走った。
よしよし、とエミリアは内心で思う。
おとなしくグループ分けに従ってくれればそれで良い。
取り巻きがいなければ彼の威勢は減じるだろう。
反抗する気ならそれでも構わなかった。
エミリアは無知を装い、ガネットを誘導するように話す。
「困ったわね。こういう場合、大学ではどうするのかしら」
「決まってるだろ」
ガネットが苛立ちながら続ける。
「決闘だ。俺より弱い奴の指図なんか受けねーよ」
「まぁ……」
エミリアは驚いた振りをしてみせた。
ガネットは恐らくよほど自信があるのだろう。
何度もこうやって目上の人間に歯向かってきたに違いない。
トリスターノに食ってかかるとは思わないが、エミリアみたいな若い講師には負けない算段があるのだ。
「嫌なら俺の言う通りにグループ分けをだな――」
「受けて立つわ」
エミリアはにこやかに言い放った。
講堂の空気が凍りつく。
まさか今日、初日のどう考えてもひ弱そうに見える臨時講師が。
ガネットの挑戦を受けるとは思わなかったのだろう。
エミリアはよく知っている。
――こういう人間は早めに叩き潰したほうがいいのだと。
ちょうど講義の終わりだった。
机の上で目を擦るルルをすっと抱き上げる。
どうやらお昼寝タイムは終わっていたらしい。
「きゅーいー」
「よしよし……」
フォードはまだ読書に熱中していた。
フローラに彼を任せ、エミリアは講堂近くの決闘場に足を運ぶ。
ルルを抱きかかえながら。
(どこの学校にもこういうのはあるのね)
決闘場とはちょっと大仰な名前であるとエミリアはいつも思う。
実際のところ、簡素なグラウンドとそれぞれの着替え小屋が付属されただけなのだから。
着替え小屋はまぁまぁ粗末で、ロッカーと決闘用のルーン装具があるだけだ。
装具はほぼ大学の制服に準じている。要はリクルートスーツだ。
「ふむふむ……」
はっきり言うと防御面に重きが置かれ、実用性はかなり乏しい。
王都守護騎士団の仕込んでいるルーンの装具に比べると、まさに子どもの玩具である。
しかし服は異なれど、手触りは懐かしい。
装具の内実はウォリスの貴族学院とほぼ同じようなものである。
着替えをさくっと済ませて出ていこうとすると、小屋のそばにキャレシーが立っていた。
「…………」
相変わらず人生がつまらなさそうな顔の割に、決闘には興味があるらしい。
「……あんた、止めたほうがいいよ」
「意外ね。私を心配してくれているの?」
「あの馬鹿は本当に馬鹿だけど、魔術師としてはマジだ。ケガするよ」
キャレシーの口振りはガネットのことを知っているかのようだった。
「彼のことに詳しいようね」
「私とあいつら、アンドリアの出身だから。まぁ……私はアンドリアの田舎でガネットは貴族様のご嫡男だけど」
キャレシーが足元の小石を蹴りながら答える。
アンドリア、まさかその名前を聞くとは。
今度、シャレスの仕事で行く場所だ。
「あいつら、先生にも気に入らないことがあるとすぐ決闘を吹っかけるんだ。しかもガネットは本当に強い」
「……私が負けると思っているのね」
何度も見てきた、という風にキャレシーが頷く。
地方の先生では収まらないわけか。
多分にガネットは天才の部類ではあるのだろう。
決闘の強さは魔力だけでは決まらない。
いざという時の集中力、胆力――闘争心がモノを言う。
エミリアもロダンも絶対に先生には歯向かわなかったので、その辺りは違うのだが。
「ねぇ、手を出してみて」
「…………?」
「いいから」
不審がりながら、キャレシーが左腕を伸ばす。
エミリアはそこに自分の右手の先で触れた。
そして――エミリアは右手の先だけ、魔力の隠匿をやめた。
キャレシーにだけエミリアの魔力が伝わる。
底無しの暗黒。
夜よりも黒き闇。
エミリアの膨大な魔力の波動を感じ取り、キャレシーがばっと飛びのく。
「なっ、えっ……?」
怪物を見るような目で、キャレシーがエミリアを見つめる。
その瞳には純粋な恐怖が浮かんでいた。
キャレシーには正確に伝わったのだ。
エミリアがどのような次元に存在する魔術師なのか、ということが。
嘘偽りなく、エミリアはウォリス最高の精霊魔術師である。
「あんた…………本当に何者?」
「子連れの臨時講師よ。本当に、それだけなんだから」
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