141.小さな茂み
ピンセットに集中しながら、エミリアはふっと思った。
(トリスターノさん、なかなかいい性格をしているなぁ……)
ルーンはツタが絡み合うようになっている。
文字を刻んだというよりは彫刻といっていいのかも。
癖字だらけなうえ、定石も外している。
(ここのルーンは重なって、こっちのほうに曲がって……)
普通、ルーンは重ねたりしない。
消すのが面倒になるし、効果がブレるからだ。
でもこのピンセットのルーンは光るだけ。
これなら複雑な模様を刻んでも機能に支障はでない……。
消去作業をする人泣かせとでも言うべきなのだ。
(本当に芸術品ってことよね)
まさか光るだけのルーンにこれほど美しさを付与するとは。
ウォリスにも無論ルーン魔術はあるが、このような発想はない。
あちらではルーン魔術は下等で、精霊魔術の補助程度の意味しかないからだ。
指先の感覚を研ぎ澄まし、ルーンの構造を把握していく。
「ふぅ……」
新芽のように飛び出したルーン、葉のように広がるルーン。
このピンセットはルーンで表現された小さな茂みだ。
トリスターノの込めた想いがわかってきた。
彼の厳しさ、理想の一端が間違いなくこのピンセットに秘められている。
(私も歩まなくちゃ。小さな茂みを)
ゆったりと息を整え、魔力を指先に宿らせる。
そのままルーンの始点をなぞり――ルーンの消去を始める。
ピンセットのルーンが緑の光を芽吹かせる。
ゆらゆら、風になびく。
指を滑らせ、跳ねらせて。
ゆっくりと消していく。
「ほう、なるほど……」
トリスターノの声が遠い。
それだけエミリアは集中していた。
足元に広がる緑の野原。
そこに屈んで、葉に溜まった水滴を弾き飛ばす。
緑の魔力がぱっと散って、塵になる。
「……その調子よ」
フローラが固唾を飲んで見守っていた。
エミリアはふっと彼女に微笑んだ。
確かにこのルーンに癖はあるし、親切ではない。
でもトリスターノなりの美意識と秩序がある。
指の動きを加速させる。
ぴっぴっと緑の魔力がさらに散っていく。
野原で指先が踊る。
気が付くと小さな葉が舞っているようで……。
集中を終えたエミリアがピンセットを持ち上げる。
「終わりました」
見た限り、綺麗にルーンは消えていた。
ピンセットも無事だ。
「ふむ、ふむ……ちょっとピンセットを宜しいですかな」
「どうぞ」
エミリアはすすっとピンセットをトリスターノへ渡した。
口を曲げ、眉を寄せながら――ピンセットを横にして物凄く、目に近づける。
あんなに顔に近いと逆に見づらいような。
そんなことを考えていると、フローラがエミリアに耳打ちした。
「彼、相当な近視なの」
「はぁ……なるほど」
「聞こえてますよ」
トリスターノから不満げな声が返ってくる。
苛立っているというよりは、たしなめるような口調だ。
ピンセットを教壇の上に戻したトリスターノが息を吐く。
「確かに、拝見しました。はぁ……なるほど、フローラが推薦するわけですね」
「ご納得頂けましたか?」
フローラがにこにこしていた。
エミリアはどちら側に立ったほうが良いのかわからず、とりあえず神妙な顔つきになっている。
「その若さで魔術ギルドに所属するのもそうですが、センスがありますね。あなたはこのピンセットからどのようなイメージを受け取りましたか?」
「ええと……茂み、新芽、野原、水滴……」
指折りエミリアが数える。
「小さな緑のイメージです」
「読解力も申し分なさそうですね」
トリスターノはフローラに不服だが、という目を向ける。
ただ、ほんの一瞬――トリスターノから敬意の眼差しが送られたのをエミリアは見逃さなかった。
実際、消去が終わってからトリスターノはエミリアを下げたりはしていない。
気に入らないのは大学とギルドの違いだからだろうか。
(卒業生と教授、か。色々とありそう)
なんとも彼は不器用だけれど、この人とは上手くやっていけるかも……とエミリアは感じていた。
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