140.トリスターノのルーン
「……てっきりグロッサムさんに来て頂けるものと思っていたのですがね」
「まぁまぁ、ギルドの人選に不満がおありで?」
「いえ――不満ということでありませんよ。今はまだ」
トリスターノとフローラが火花を散らす。
ひええーっと思いながらエミリアは首をすくめた。
どうやらふたりは仲が良い、というわけではないらしい。
「まぁ、臨時講師はルーン消去の実技だけ。説明などは資料をそのまま読んで頂ければ大丈夫ですが……」
トリスターノが懐から布に包まれたナニカを取り出した。
細くて指よりちょっと長い程度のものだ。
教壇の上でトリスターノが布を広げると、ぱぁっと魔力が広がる。
「……!」
布から出てきたのはピンセットだった。
一瞬でエミリアはトリスターノの魔力を感じ取る。
ピンセットにはルーンが刻まれていた。
トリスターノが指先でちょんとピンセットに魔力を流す。
緑色の魔力が伝達され、ピンセットが反応する。
「わぁっ……!」
ルーンで描かれたツタ、枝が絡み合って柔らかな緑色に光り始める。
驚くほどに細かく、入り組んでいた。
見事なのはグラデーションで、魔力が左右に動きながら光るのだ。
まるで小さな葉に小人がゆらめくように。
不思議と幻想的な感覚さえエミリアは抱く。
(これは……こんな精密なルーンは……)
面白いのは、多分このルーンに実用性は全然ないこと。
光る魔力の文字列にはそれ以上の効果がない。
ただ、綺麗に光るだけ。
でも恐らく、その光る美しさはエミリアが見た中で一番だった。
(……あのモーガンって人のルーンに似ているかも)
あのルーンのほうがさらに高密度、極小のルーンではあった。
しかし魔力の波動は荒々しく、魂が圧倒される怖さがある。
こちらの光は優しく、そのような圧はない。
フォードに見せたら絶対に気に入るだろうと思った。
フローラが不満そうにしている。
「相変わらずですね」
「……なにか? 美しいでしょう」
トリスターノは自信たっぷりに言った。
このルーンは実用性を重んじるギルドの業とは真逆だ。
なんとなくではあるが、この辺りにふたりの関係性のヒントがありそうな気がする。
「課題はこちらのピンセットです。これは低品質の屑鉄で作られたピンセットで、壊れやすい。ピンセットを壊さずにルーンを消去できれば合格とします」
「……ひとつよろしいでしょうか?」
「なんなりと」
このピンセットのルーンを消すのをもったいないと思いつつ、エミリアは質問した。
「どうして屑鉄にこれほどのルーンを? いえ、課題用にあえてそうしているのかもしれませんが……」
「刻んだルーンは新緑の小人をイメージしました。であれば、刻む素材は屑鉄のほうがいいでしょう? 永遠性のあるミスリルや銀では再生というイメージを上手く伝えられませんからね」
「なるほど……!」
エミリアは得心して頷く。高尚にして明確な答えだった。
ちょっと高尚すぎるかもしれないが。
フローラは全然納得していないようではある。
とはいえ、トリスターノのスタンスはある程度掴めたかもしれない。
「では、作業をしますね」
トリスターノがすっと後ろに引く。
教壇の上に残されたのは、ルーンが刻まれたピンセット。
ゆっくりと息を吸って、吐いて。
意識を合わせていく。
(普段通りにやれば大丈夫……)
指先でピンセットの中程を持つ。
魔力を極限まで抑えているので、ルーンは反応しない。
「……ほう」
トリスターノが小さく息を漏らした。
さっきの点灯であらかたルーンの組成は把握している。
あれはデモンストレーションではない。
試験の一環だ。それを見逃すエミリアではなかった。
極微量の魔力にも反応する仕掛けが持ち手と先端にあるのだ。
魔力を反応させたままの消去作業はリスクがある。
(電源を入れたままパソコンを解体するようなものだからね……)
だから上手く仕掛けを避けながらでないと、消去できないはずだった。
――もったいないなぁ。
こんなに綺麗なのに。
ゆっくりといつもより時間をかけてルーンを探る。
失敗は許されない。
慎重に、ピンセットのルーンと自分を同化させていく。
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