137.作業の終わり
「きゅーいー」
ケーキを食べて、ついでに高級缶詰も開けたルルは満足そうであった。
フォードに寄りかかり、うとうとしている。
ちなみに開けた缶詰の中身はズワイガニだ。
上品な甘みとほぐれた脚の身が美味しかった……。
ケーキに合う、というよりはケーキの甘さを中和するというほうが適切か。
「食べたね、ルル」
「きゅい……!」
ルルが自分のお腹をなでなでする。
膨らんではいるが、まだ許容範囲だ。
セリスもレモネードを飲み切り、息を吐いた。
「ふぅ、ご馳走様でした。……私も缶詰を頂いてしまいましたが」
「気にしないで。お祝いの品は皆で食べないとね」
実際のところ、このモンブランケーキを手に入れるのは大変だったろう。
レモネードも高級品だろうし、この缶詰くらいは埋め合わせしないと。
ということでフォード、ルル、セリスと一緒にケーキを食べ終わった。
こんなに美味しいケーキを食べれるのは……幸せだ。
セリスは家具の搬入があるとかで帰っていく。
ルルがもう眠そうなので、エミリアも気持ちよくお昼寝することにした。
フォード、ルルと並んでベッドに横になる。
自由業だからこそできる所業だった。
ふかふかのベッドに3人で並ぶ。
至福の時間だ。
「きゅー……」
「お腹いっぱい?」
フォードが寝転がりながらルルの頭を撫でる。
ふにふにと頷いたルルはとっても可愛い。
「ねぇ、お母さん……」
「うん?」
「いいお誕生日だったよね?」
その言葉にはあのオルドン公爵家での誕生日は良くなかった、という意味が込められていた。
フォードはフォードできっとエミリアの誕生日を感じ取っていたのだろう。
「とってもいい、最高のお誕生日よ」
「よかった……えへへ」
フォードがはにかむ。
こうしてエミリアの誕生日は、楽しく終わりを迎えるのだった。
翌日、9月に入ってブラックパール号の解体も進んでいく。
事件も風化――というより、エミリアの知る真実は何も報道されなかった。
レッサムのことも、クオリッサのことも、無論マルテのことも。
結局、ブラックパール船舶株式会社の倉庫爆発は事故ということで処理された。
そして、とある秋の日。
東の港で解体作業を進めるエミリアは、グロッサムに進捗を見てもらっていた。
「この船体部分もこれで終わりですね」
「ふむ……問題はない。ようやっている」
グロッサムが顎に手をやり、頷く。
エミリアはセリスとともにすでに10個近くの残骸を処理していた。
最初こそ大きな残骸だったが、今では残骸そのものがかなり小さくなっている。
「結局、爆発事件は保管の不始末とはなぁ……」
「……ええ、私たちも気を付けませんと」
嘆息するグロッサムにエミリアは合わせる。
真相は全然違うのであるが、これが選択なのだ。
クオリッサは危険物の保管と過失傷害の罪で逮捕された。
つまり、そういう筋書きでしか残らないということだ。
幸い、ブラックパール船舶株式会社が負ったダメージもさほどではなかった。
事故ということになれば、世間が飽きるのも早い。
「作業はもう、ここまで進んでいたのですね」
ふと、懐かしい声が作業現場に響く。
振り向くとそこにはギプスをつけたイヴァンがいた。
「イヴァンさん……! 復帰されたんですね!」
「色々とご心配をおかけいたしました」
頭を下げるイヴァンにエミリアは手を振る。
「いいえ、私のほうは……それよりもイヴァンさんが完治されるほうが」
「そうだ。もう本当に大丈夫なのか?」
「抑えてデスクワークをする分には問題ありません。船に乗れるようになるのはもう少し先ですが」
イヴァンが港の先、秋晴れの海を見つめる。
その視線にはわずかな寂しさがあった。
(……きっとイヴァンさんは)
ある程度の真実をロダンから知らされているのかもとエミリアは思った。
だが、それを伝えることはできない。
イヴァンがエミリアに向けて、言う。
「あとちょっとですね」
「ですね。――もう少しで作業完了です」
イヴァンがそっと目を閉じる。
エミリアにはそれは祈りにも感じられた。
「海に沈んだ者たちの魂もきっと安らかに眠れることでしょう。そして我々、残された側も……ようやく陸に上がることができます」
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